堕天王の逝く道

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zoom RSS 空白ノ翼第五章『挫かれた未来と歪んだ契約』 第一話

<<   作成日時 : 2010/11/07 22:37   >>

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ようやく完成に至りました。もう少しいじれる所があったかもしれませんが、キリがありませんので。これが終わらないと、先に進めないわぁー。
とりあえず、調整が完了した第一話を公開いたします。第二話、第三話も近日公開できるかと。

では、空白ノ翼第五章です。本編に入る前に、色々とおさらいしておきます。

空白ノ翼とは?
堕天王が描く長編小説です。記憶喪失の青年、神山聡の物語。

各章の概要
第一章 琴菜に助けられた聡は、記憶を失っていた。記憶を取り戻すため、櫻町へと繰り出した聡は、夏樹や由紀子と出会う。

第二章 青き瞳の少女氷女沙夜の物語。特殊で強力な霊媒能力を有する沙夜の能力を封印するため、由紀子と神華が協力する。

第三章 聡が就職先を見つけ、そして幼馴染の斎と邂逅する話。聡の問題が、ある程度解決するまでの話。

第四章 記憶と感情を失った少女、赤咲夕音の話。夕音と同じ顔をしている杜若。彼女の正体を暴く。

各章は、
オリ神-origin-のHP http://www5f.biglobe.ne.jp/~pfive/kuuhaku/kuuhaku.html
→第一章から第三章まで公開中。
ブログ記事は、http://47762756.at.webry.info/theme/6e16817afc.html
第二章から第四章まで公開中です。

第三章までの登場人物、および用語説明は、
キャラ紹介 http://www5f.biglobe.ne.jp/~pfive/tyouhen/cyara1.html
こちらを参考に。第四章追加分は、まだ作ってません。

今回の第五章は、第四章直後の話。聡が携帯電話を買い、今まで出会った人たちと連絡先を交換していく。そんな話です。

最後に、登場人物の紹介。
神山聡:記憶を失っている。己の記憶喪失に対するある一定の答えを導き出し、杜若の真相を暴いた。自分の生活を豊かにするために、今回は携帯電話を買いに行く。

虹野夏樹:聡の職場である虹野印刷所の一人娘。高校二年生、陸上部の期待の星。聡に、かつて自分を助けてくれた王子様の面影を見ている。

坂田斎:聡の幼馴染。現在、聡に絡む厄介な酒乱。夏樹の担任でもある。

小泉由紀子:夏樹の同級生であり、友達でもある。聡が記憶喪失であることを知っている。

橘椿:由紀子の友達であり、除霊屋という組織である橘家の長女。聡と共に、杜若の真相を暴いた。

月野静流:赤咲道場に通う大学生。聡と椿と共に、杜若に挑んだ。

姉御:正体不明の女。聡の戸籍謄本を持って来たり、椿を圧倒した杜若を逆に圧倒したりと、その能力が底知れない。いつも笑顔を浮かべている。

杜若:本体である赤咲夕音の記憶と感情を有した、夕音の影。夕音を護る為に、今も櫻町に出没している。


立麻琴菜:聡を助けた人。若草山の中腹に隠遁している。ほとんどその表情に感情を宿さない。



 空白ノ翼第五章 第一話 『信じがたい過去』

 2005年 6月下旬
 居酒屋にて。神山聡(かみやまさとし)は、幼馴染である坂田斎(いつき)と酒を酌み交わしていた。パワーバランスは完全に斎側に寄っており、聡は楽しんでいるというよりかは暴れ馬をしつけしているような、そんな様相であった。
「国語の権藤ババァーがさぁ!」
 まずは、斎の職場の愚痴が始まる。彼女は、地元の高校で教師をしている。生徒には慕われているが、まだ年齢の若い斎はご先輩方からとても厳しい指導を受けていた。それは、斎のいい加減な性格が災いしたものだから、自業自得な事がほとんどであった。
「ていうか、聡! いい加減、携帯を買わんかぁ!」
 焼き鳥の串をフェンシングよろしく、ズビシと突きつけてくる斎。完全に酔っぱらって、目が据わっていた。
「そうだな。確かにそうだ。それは死活問題だな」
 聡も、携帯電話の必要性を最近感じていた。
 記憶を失って、ここ櫻町へとやってきた聡。記憶は戻らないものの、幼馴染である斎と再会することで、記憶喪失の件は概ね解決した。就職先も見つかり、資金を得ることが出来るようになった以上、これから生活していく上で必要なものを揃えていくことを考えなければならない。なにせ聡は、目を覚ました時に着ていた服と相手の分からない左の薬指にはめられたプラチナの指輪しか持っていなかった。今着ている服は聡が購入したものであるが、それ以前は聡を助けてくれた立麻琴菜(たてまことな)の祖父の服を借りていたくらいである。
 櫻(さくら)町に来てから、そろそろ三か月が経とうとしている。知り合いも増え、なによりも職場からの緊急連絡先を確保することが重要となってきていた。
「でも、斎にだけは教えたくないのも確かだよなぁ」
 教えれば、今以上に呼び出されそうである。酔った斎の相手をするのも大変であるが、それよりも重要な事は琴菜との契約である。家事一切を請け負う事で、ログハウスに住んでいい。それが琴菜と聡の契約である。それを違えなければ、聡はログハウスに住み続ける事が出来る。しかし、斎の相手をしていればそれが疎かになり、結果住む場所を失う事にもなりかねない。そのことを斎に話せればいいが、聡の直感が琴菜の事を斎に話すと面倒になると訴えているためそれもできず、聡を悩ませていた。
「なんで私には教えてたくないのよ! 目玉を抉(えぐ)り出すわよ!」
 また竹串をしならせている。聡は、この際だから上手くごまかせないものかと考えた。
「実は俺さ、由緒ある立派な方に助けてもらってさ、今そこに住んでいるわけよ。立派な人だから、俺が遅く帰っても文句一つ言わないけど、やっぱり迷惑はかけたくない。分かるだろう? 俺の事も考えてさ、せめて月一! ダメなら、三週間に一回ぐらいにしようぜ」
「女か!」
 酔った斎は、聡の言葉を簡単に超変換してしまう。聡は、説得を諦めるしかなかった。この後完全に聡に『女の影あり』と思い込んだ斎を宥めるのに、いつも以上に手こずる事になる。

 日曜日。聡は、職場である虹野(こうの)印刷所の社長の一人娘である夏樹と共に、最も栄えた町天妙(てんみょう)へとやってきていた。携帯電話の事については、記憶を失っているため、まったく分からない。そのため若い子の方が詳しいだろうと、夏樹に協力を頼んだのである。
「天妙、到着〜。いやはや久しぶりだねぇー!」
 到着するなり、テンション高めの夏樹。ちょっとオシャレした夏樹は、いつも以上にキラキラしていた。
「おぉ〜、ここが天妙か」
 記憶を失ってから、聡が櫻町を出たのはこれが初めてである。田舎である櫻町とは比べ物にならない、発展した場所。聡は、早速噴出してきた汗を拭いつつ、周りを見渡していた。
「夏樹、これからどこに行くんだ?」
「とりあえず、大きな所へ行こうと思っているよ。色々な会社、入っているしね」
 夏樹はくるりと回って、聡を笑顔で指差す。
「私のオススメは、シルバークロス!」
「シルバークロス?」
「そう、外国の会社なんだけどね、徐々に日本にも入ってきているの。誰も持っていない、シルバークロスの携帯! 珍しくて、オススメ! でも、電波が届かないのはご愛嬌!」
「却下。国産に限る」
「えぇー、つまんないなぁ」
「つまらなくない! 電波が届かない携帯に、携帯としての価値はないだろうが」
「デザインは最強なのに」
「デザインなんて、肥溜めに捨ててしまえ」
「もう聡さんは、そんなんだからセンスが微妙なんだよ」
 夏樹は、笑いながら話す。一秒だってじっとしていない。元気良く動き回る小動物のような動きは、夏樹の明るさを際立たせていた。
 夏樹に連れられて、大きな家電量販店を訪れる。結局、一番シェアが大きい会社を選んだ聡。色々と説明を聞いたり、書類を書いたりしているうちに、夏樹は他の展示物を見るために旅立っていった。
 そんな折――。
「娘さん、とても元気がいいですね」
 と受付の女性に言われて、聡は思わず机に突っ伏してしまった。
「……知り合いの娘です。俺、これでも二十五歳なんですが……」
「あ、あぁ、ご、ごめんなさい! ごめんなさい! 本当にすいません!」
 受付の女性の対応は、その後とても丁寧であった。だが、聡の心の傷は癒えることなんてなかった。
「本当に二十五歳なんだろうか……?」
 受付の女性が、手続きのために離れた時、聡はぼそりと呟いた。戸籍謄本に記載されていた年齢を見て、聡は初めて自分の年を知った。戸籍謄本が嘘をついているとは思えないが、そもそもその戸籍謄本は聡が『姉御』と呼ぶ名称不明の女性がどこからともなく持ってきたものである。改ざんされていても、聡には知る事が出来ない。
「聡さん……? なんか、人生しまえたぜ……みたいな顔しているけど、なんかトラブル?」
 夏樹が戻って来た。聡は、背もたれに寄りかかりながら顔だけ夏樹に向けた。
「いや、別に。俺がおっさんだってことを認識しただけだ」
「……? よく分かんないけど、別に聡さん、そこまでおっさん臭くないよ」
「きっと夏樹だけだぜ、そんな優しい事を言ってくれるのは」
 おいおいと泣き真似をする聡に、夏樹は苦笑していた。
 携帯電話を購入するまでには、色々と時間がかかるものである。全てが終わった頃には、十一時半を少し回っていた。
「そろそろ腹が減ってきたなぁ」
 夏樹と一緒に他の家電商品も見た後、外に出た。すでに十二時になっている。初めての遠出、神経を使う契約などで、聡の空腹感は加速していた。
「そうだね、何食べようか。なんでもあるよ」
「とりあえず、適当な所に入るか」
 これだけ大きな街なのだから、食べる所には困らないだろう。聡は、大きく背伸びをしてから歩こうとした――その時だった。
 シンプルな電話のコール音が響き渡る。それも近い場所で。聡は、夏樹の方を見たが夏樹は首を横に振っていた。
「鳴っているの、聡さんのじゃないの?」
「いやいや、まさかそんなわけ……ありやがった」
 ポケットから取り出した真新しい携帯電話が音を奏でている。まだ夏樹にも番号を教えていないため、誰も知っているはずがない。それは、まさにホラーだった。
「聡さん……これ怖すぎだよ」
 夏樹は、聡の携帯電話を指さしながら不安そうに聡の顔を見上げている。誰も番号を知らないはずの携帯電話が鳴っていれば、確かに怖い。聡も、かなり怖さを感じていた。しかし、電話は鳴り続ける。聡は、折り畳み式の携帯電話を開いた。
「出るの?!」
「止まらないし、出てみるしかないだろう」
「はわわわわ……」
「ちなみに、このボタンか?」
「う、うん。本当に出ちゃって大丈夫なのかな。呪われたりしないのかな」
 おどおどしている夏樹の前で、聡は通話のボタンを押した。
「はい」
 端的にそれだけ答える。
『こんにちは』
 女性の声――聡には聞き覚えのある声だった。
『あなたの『姉御』でございます』
「えっ……姉御? なんでこの携帯電話の番号を知っているんだよ」
「知り合いなの?」
 夏樹が不思議そうにしている。聡は、『たぶん』とだけ答えた。
『それは企業秘密ですわ』
 相手は、戸籍謄本をどこからともなく持ってきた、あの『姉御』だった。買ったばかりの携帯電話の番号をどこで知ったのか。聡には想像もつかなかった。
『無事、携帯電話を購入できたようで、安心いたしましたわ』
「あぁ、色々と疲れたけどな」
『そうでございましょう。色々と手続きが面倒ですから。そんな聡様に、素敵なご昼食のご案内ですわ』
「そりゃありがたい。どこで食べようか、悩んでいる所だったからさ」
『ではでは、わたしくの案内に従って進んでください。まずは、すぐ傍の高架を潜ってください』
 夏樹に目配せをして、聡は姉御のアナウンスに従って歩き出した。

「気分が乗らない……」
 小泉由紀子(ゆきね)は、座り心地の良いオフィスチェアに背を預け、天井を見上げた。ここは、天妙にあるネットカフェの一つ。由紀子は自宅にネットの環境がないため、月に一回程度この場所に足を運んでいた。いつものように調べたいものを粗方見繕ってからやってきたのだが、それらを三分の一も消化しないうちに、由紀子は作業を投げ出していた。
 やる気がない。その理由を、由紀子自身も把握できてはいなかった。
「神山聡……」
 思考が停止しかけると、その名前が出て来る。彼に出会った時から、由紀子にとってその名前は何よりも重みを持つものとなっていた。由紀子と聡が出会ったのは、今年の四月の事である。その出会いは、鮮烈でありまた奇妙でもあった。由紀子と聡は、その視線が混ざった時、同時にほぼ同じ内容の夢を見ており、その夢の中で由紀子はまだ少年だった聡に『アカネ』と呼ばれていた。
 アカネ――由紀子は全く知らない名前である。何故、夢の中で由紀子がそんな名前で呼ばれていたのか。今の所、由紀子の友達である橘椿(たちばなつばき)の『前世の記憶』という説しか浮上していない。しかし、由紀子は感じていた。前世なんて遠い記憶なんかではない――と。
 あまり深く考えないようにしているが、ふとした時に答えの出ない迷宮に囚われてしまう。
「……記憶喪失の神山さん。私自身に接点はない事は分かっているのだけど。まったくゼロというわけでもないのよね。私も、七歳より前の記憶がないし」
 由紀子の誰にも話した事のない秘め事。しかし、その事を重く考えた事はなかった。友達と話しているうちに、ふと昔の事が思い出せない事に気付いた。それが始まりであり、その理由もなんとなく察しがついたからだ。
「お父さんを失ったショックだろうけど」
 居間に飾られている父親の写真。由紀子には、その父親の記憶がほとんどない。大きな手で頭を撫でられている――残っているのは、その記憶だけ。父親がどういった人だったのか、なぜ死んだのか、由紀子はまるで覚えていなかった。だから、由紀子は自分の過去は自分で閉ざしたのだろう、と自己完結させたのである。
「でも……違うことがわかる。あの夢は、何かが違う」
 その『何か』が分からない。
 由紀子は頭を左右に振って、気持ちを改めようとする。だが、その程度はやはり気持ちを切り替える事が出来ず、苦し紛れに検索欄に、『かみやまさとし』と打ち込んだ。漢字が分からないため、しばらくどの漢字なのか悩んだ挙句、結局ひらがなのままエンターを押す。ざっと見下ろして、すぐに諦めてウィンドウを閉じた。こんなことで分かるはずがない、と由紀子は苦笑していた。
 残り時間は豊富だったが、由紀子は部屋を退室して外へ出た。
 眩い太陽に目を細め、しばらく入口に突っ立つ。これからどうしようか。どこかに寄って帰るか、それともそのまま帰るか。
「本屋……折角だから寄ってから帰ろう」
 大通りへと出る。そのまま角を折れて、本屋が入っているビルへと向かおうとした由紀子だったが――。
「……夏樹? それに……」
 道路の向こう側を歩いている友達の夏樹。一緒に歩いているのは、由紀子をここ最近悩ませている、神山聡だった。由紀子は、すぐさま来た道を戻っていった。
 ネットカフェの前まで戻って来た由紀子は、息を切らせながら後ろを振り返る。夏樹と聡の姿は当然ない。そもそも二人が歩いていた方向とは、まるで違う方角である。それでも、由紀子は気まずい気持ちを抱えて、二人の姿を探してしまった。
「……別に」
 壁に背を預け、髪をかき上げる。
「二人がデートをしていたからって、私には関係ないじゃん。どうして、逃げないといけないのよ」
 大きな溜め息を吐き、由紀子はとぼとぼと歩きだした。そのまま帰る気にもなれず、別の本屋が近くにあったため、そのまま本屋へ入った。新刊を見た後、ライトノベルのコーナーに向かった由紀子は、そこで不審な人物と遭遇する。黒いロングスカートと黒のタートルセーター、そして黒い帽子に黒いサングラスをつけた長い髪の女性が立ち読みしていた。
「うっ……なにあれ。このクソ暑い時に正気?」
 変な人もいるもんだ――由紀子は少し困っていた。丁度、その女性が立っている場所が、由紀子が一番見たい本が置いてある場所だったからだ。
「……動くまで漫画を見て来るかな」
 近づきたくないので踵(きびす)を返す。その時、ふとその不審な人物に見覚えがあることに気付き、由紀子はもう一回不審な人物に視線を向けた。
 よく見ると、まだ若い。ほっそりとした顔立ちに、すらりとした体系。似ている。だが、確信が得られない。どうしたものかと悩んだ挙句――。
「椿さん……?」
 声をかけた。不審な人物は、顔を上げて由紀子を見た。それで由紀子も確信し、破顔する。
「なんて格好しているのよ」
「あっ……由紀子さん。驚かさないでください。完璧な変装を見破られたかと思いました」
 サングラスを外す椿。彼女は、由紀子の親友であった。恥ずかしそうに頬を染めて、サングラスを畳んだり展開したりしている。
「変装ねぇ……そこまで気にするものなの?」
「どこに知っている人がいるか、分かりませんし」
 椿は、橘家と呼ばれる除霊屋――妖(あやかし)と戦う一族の長女。橘家は、この辺りの除霊屋のトップに君臨しており、椿もそれなりに有名人であった。厳格で格式のある一族である橘家の人間が、ライトノベルを読んでいることがばれたら当主に迷惑がかかる。そんな風に、椿は考えているのだ。
「堂々としていればいいのに」
「簡単に言わないでください。私は橘家の看板を背負っているんです。プライベートなことで、橘家の名が貶められるなんてことは、あっては困ります」
「まぁ、普通の人にとってはオタクなんてマイナスなイメージしか与えないのは事実だしね。でも、その恰好は酷い」
「うっ……酷いですか?」
「酷い。とっても」
 椿は、しょんぼりとした顔をする。
「あぁ……なんとなく、自覚はしておりました。でも、ばれるぐらいならと……」
「とりあえず、帽子とメガネは外したら?」
「いえいえ、どこで誰が見ているか分からない以上、これは外せません」
 再びサングラスを装着する椿。由紀子も苦笑した。
「仕方ない。で、椿さんは何を読んでいたの?」
「あぁ、これですよこれ」
 椿は持っていた恋愛小説を由紀子に見せる。堅物で知られている椿であるが、恋愛小説が好きという一面も持っていた。由紀子は、その事を知る唯一の人――というよりかは、椿をその道に引きずり落とした元凶であった。今となっては、由紀子以上に恋愛系の小説には詳しくなっていた。
「さっすが、夢見る乙女ね」
 由紀子は、椿をそう評した。その後由紀子と椿は、ライトノベルのコーナーや漫画のコーナーを歩きながら、会話を弾ませた。
 一通り回り終った後、二人は近くの喫茶店へと入った。
「今日は、私の奢りです」
「えっ? いいよ、別に」
「そんな気分なんです」
 椿に押し切られる形で、会計は全て椿が持つこととなった。それぞれがケーキセットを頼み、他愛のない話を続けた。一見普通に話している由紀子であったが、付き合いの長い椿には由紀子の心の揺らぎを見抜くことなんて、造作もない事であった。
「何かあったんですか?」
 椿の言葉に、由紀子は苦笑した。
「……あったと言えばあった。でも、別に大したことではないから」
「その割には、随分思いつめたような顔をしているようですけど」
「私の顔が辛気臭いのはいつもの事よ」
 椿は、溜め息を一つ。由紀子は頑固だ。話さないと言ったら、なかなか口を開こうとはしない。椿も諦めるしかなかった。

 聡と夏樹は、姉御の案内に従い、『風車』というレンガ造りのお店の前まで来ていた。
「ここか……」
『あとは、ごゆっくりとお楽しみください』
 何とも意味深な台詞を残して、電話は切れた。聡は、渋い顔で携帯電話を見ている。携帯電話に不満があるわけではない。電話の向こう側の存在を、ただ訝(いぶか)しんでいるだけである。
「まったく、本当に魔法使いみたいな人だな」
「スパイな人とか?」
「あぁー……スパイねぇ。確かに、それっぽいかもしんねぇ」
 いつでもぴしっとスーツを着ている姉御。その体術も相当なものである。なにせ、聡が『手に負えない』と感じた相手を、軽く圧倒していた。何もかもが、常軌を逸した存在であることは、間違いない。
「まぁ、あの人の事は考えても仕方がない。それよりも、メシにしようぜ。ここは、喫茶店か? なんか食えるものがあればいいけどな」
「どんなお店なんだろう」
 ほんの少しの期待と不安を抱えながら、聡と夏樹は店内へと入った。
「いらっしゃいませ、ご主人様」
 メイドさんが、深々と頭を下げている。聡と夏樹は、絶句して固まった。店内は、ちょっとクラシックな印象ではあるも、そんなに奇抜な所があるわけではない普通の様相。カウンター席とテーブル席が四つ程度。店員は、カウンターの向こう側に紳士服を着た若い男が一人と、目の前のメイドの二人のみ。客はそこそこに居て、結構繁盛している様子であった。
「どうぞ、こちらの席へ」
 メイドが顔を上げて、近くのテーブル席を指す。その瞬間、聡は――。
「あぁーーーーー!!」
 そのメイドを指さして、大きな声を上げた。
「ど、どうしたの?」
 驚く夏樹。店内の人も、何事かと聡を見る。女性にしては長身のメイドは、途端に表情を崩して、一言『げっ』と零した。そして、すぐさま持っていたお盆で顔を隠す。
「お客様、大きな声を出されると周りに迷惑でございます」
「……お前って、そういう奴だったのか」
 聡は、やや呆れた顔をしている。
「いやいや、そうだよな。人にはいろんな趣味があるってもんだ。わりぃ、今のは驚いただけだ。まぁ、気にするな静流(しずる)」
「なに人を憐れんでんのよ! この格好は、色々と事情があるの! ていうか、なんでこんな所に来ちゃってんですか。信じられない! もう帰れ!」
 お盆で顔を隠すのを止めたメイド。彼女の名は、月野静流。ちょっと前に、静流の幼友達である赤咲夕音(ゆうね)の件で協力して以来、顔見知りとなった子である。
「ちょっと静流。お前、客に帰れはないだろう」
 紳士服を着た男――この店の店長が、顔をしかめている。
「コイツは、特別なんです! あぁもう! 一番知られたくない奴に知られた!」
「なんでもいいが、ここ喫茶店だろう? メニューと水を持って来いよ」
 ちゃっかり着席している、聡と夏樹。聡は、テーブルをペシペシと叩いて催促していた。
「なに勝手に座ってんのよ!」
「客だから座って何が悪い。ほらほら、生暖かく見守ってやっているから、仕事しろ」
「くぅー! 暗い夜道に気を付けなさいよ! バイクでひき殺してやるから!」
 静流はそんな捨て台詞を残して、仕事へと戻った。楽しそうに笑っている聡。それを見つめる夏樹は、まだ戸惑いの中に居た。
「あの人、聡さんの知り合いなの?」
「月野静流って言うんだ。反応がいいから、ついついからかっちまう」
 聡は、意地悪そうに笑った。
 静流が、メニューと水を持ってくる。静流は、無愛想そのものだ。
「で、そのメイド服を着なければならなくなった事情って?」
 さらりと聡は聞いた。
「何が、『で』なのか知らないけど……バイクを買うためにお金が必要だったの。給料上げてくれるというから、泣く泣く。知り合いなんて来ないから、楽勝ーとか思っていたのに。ねぇ、誰に聞いたの?」
「情報源は、姉御だよ。あの人、最初から分かっていたんだな」
「姉御って……あの人か。むむむっ……やっぱり、あの人ただ者じゃないわね」
 静流は難しい顔で唸っている。
「この事は、他言無用だからね!」
「……あ、俺、今日あんまり金がないんだよなぁ……」
「脅迫のつもり?」
 ギン! と静流が聡を睨む。蛇も縮こまるような圧力を受けても、聡は何事もないように薄く笑っていた。
「脅迫とか酷いなぁ。でも、ちょっとしたことで椿ちゃんとかに喋ってしまったりしても、悪いなぁーとか思ってさ」
「わ、分かったわよ。今回だけ、奢ってあげる。その代わり、誰かに喋ったらケツバット百回の刑よ」
「……死ぬから、それ」
 結局、今回の食事代は静流が持つ羽目となる。夏樹は、呆れた顔をしていた。
「ちょっと可愛そうかも」
 それは夏樹の純粋な感想だった。
 食事を終えた頃になると、店内もガランとし始めた。仕事に余裕が出てきたのか、のんびりと食後を過ごしていた聡たちの所へ、静流がやってくる。
「聡さん、ところでこちらはもしかして彼女とか?」
「えっ!」
 夏樹が、顔を赤くしてびっくりしている。しかし聡の方は、暢気に笑っていた。
「なんの冗談だそれ。年の差を考えろよ」
 夏樹は、『なによ』と声には出しはしないものの、不満そうな顔。
「年の差って、聡さん、いくつ?」
「二十五」
「……えっ? 意外に若かったか」
「ちょっと待て。なんだ、その意外って。うっかり、誰かの前で口を滑らせちまうぞ」
「あはは、冗談だって」
「まったく、この子は夏樹っていうんだ。同じ町内出身で、陸上部同士なんだよ。ちなみに、俺の後輩になる」
「えっ? そうなの!」
 夏樹は、その事実を知らなかった。
「そう言えば話してなかったな。俺も、もともと櫻高校の陸上部に所属していたのさ」
「そうだったんだ。通りで、足が速かったわけだ」
 夏樹は、聡に短距離走を挑んで負けたことがあったことを思い出していた。
「携帯電話を買いに来たんだけど、若い子の方が色々と知っているだろうと思ってね。水先案内人として、付き合ってもらっている。そういうわけさ。あ、そうだ。静流、お前のアドレスも教えてもらっていいか?」
「別にいいけど、イタ電とかセクハラメールとか出さないでよ」
「出すか! お前、俺をどんな奴だと思ってんだよ」
「基本、変態さんかなっと」
「あぁ、今日の夜から急に誰かに喋りたくなりそうだ」
「もう、ちょっとしたお茶目じゃない」
 本人が可愛いと思っているのか、ちょっとしたポーズをとって見せた。聡は、冷たい目でそれを見ている。
「うわ、キモ」
「そんなことを言う口は、どれだ!!」
「なっ! やるか、このぉ!!」
 途端に掴み合い。
「静流、客を襲うなよー」
 雑誌を読んでいた店長が、暢気に忠告していた。
「そうだ、静流。お前、杜若(かきつばた)のアドレス、知っているか?」
 一段落して、聡が聞く。静流は衣装の乱れを直しながら、首を横に振った。
「知るわけないじゃない」
「まっ、そうだよな。今度、捕獲した時に聞いておくか。連絡先は、知っておいたほうがいいしな」
 杜若とは、静流の幼友達である赤咲夕音のそっくりさん。静流と聡では、杜若の認識は違っている。それは、杜若の望みでもあったからだ。
 事の発端は、赤咲夕音が三月に事故に遭ったことからだった。両親と妹を失い、夕音自身も重傷を負い、入院している。そう静流は聞かされていたが、実際の所は夕音の怪我自体は大したことはなく、問題はその精神にあった。夕音は、記憶どころか言葉も話せない、人形のようになっていたのである。そんな夕音が、ゲームセンターに出かけるようになったことで、夕音に伴う都市伝説が発生。それが静流の耳に届き、彼女は夕音を探しに櫻町へとやってきた。そこで静流の前に現れたのが、夕音と同じ顔をした杜若だった。
 姉御の協力の下、杜若を捕まえた聡。もう一人の協力者であった橘椿の家で、杜若の事情を聞くこととなる。その時、静流は不在であった。そこで明かされた真実。それは、夕音から発生した影が、杜若というものであった。そう、夕音は記憶や言葉を失ったのではなく、杜若として独り歩きをしていたのである。
 杜若は、大切な親友である静流にあまり心配をかけたくない。そう話し、結局静流には、『たまたま顔が似ているだけの、赤の他人』という説明がされ、静流はあっさりとその事を信じた。
 聡は杜若の真実を知っており、静流は赤の他人だと認識している。その差異は、そうやって生まれたのである。
「あの子、神出鬼没だしね。会ったら、私のも教えておいてくれない?」
「おう、まかせとけ」
 それから静流と少し話をした後、聡と夏樹は帰路へと付いた。聡と夏樹が、櫻町へと戻って来た時にはすっかりと日は傾き、夕暮れが町を彩っていた。
「夏樹、今日は本当にありがとうな。助かったぜ」
 駅から歩いてすぐにある商店街の裏側にある虹野印刷所。そこが夏樹の家である。
「どうもどうも。私も楽しかったよ。また、誘ってね」
「おう、じゃまたな」
 夏樹は、帰っていく聡を大きく手を振って見送った。聡の後姿が見えなくなると、途端に表情を崩した。少し泣きそうな顔である。『大丈夫』、そう小さく呟いた彼女は、『ただいま!』と大きな声で言いながら、家へと戻っていった。

 夏樹と別れた聡は、商店街を訪れていた。これから買い物をしなければならないのである。家では、飢えた同居人が待っているからだ。
 商店街に入って、すぐのこと。聡は、ゲームセンターの前で杜若を発見した。
「おっ、杜若じゃないか。こんな時間までお守りか?」
 セミロングの髪に、触角のような二本のいわゆるアホ毛が飛び出ている。背格好は、小学生のよう。しかし彼女の瞳は、静流が睨んできた時よりもさらに鋭いものであった。
「……聡。もう、夕音なら帰った。今は、その帰り」
「そっか。でも、丁度良かった」
 杜若は、不思議そうに首を傾げている。
「お前、携帯電話持っているか? 今日、ようやっと携帯を手に入れてさ、静流のも教えてもらったから、まとめて教えておこうと思っているんだが」
「ごめん、携帯電話、持ってない」
「あ、夕音の携帯とかは?」
「解約はしていないだろうけど、支払いをするのは祖父。迷惑はかけられない」
「そっか。そうだよな。しょうがない。とりあえずメモするからさ、持って帰れ」
 鞄の中からレシートを取り出す。携帯電話を杜若に持ってもらいながら、電柱を下敷きにして、アドレスを書き写す。
「ほれ。何かあったら、連絡してくれ」
「ん、ありがとう。そっか、携帯か。持っていたら、確かに便利かも」
「じゃ、呼び止めて悪かったな。また、メシでも食いに行こうぜ」
 日が暮れてしまう前に、買い物を済ませたかった聡は、早々に杜若と別れて買い物へと走った。
 買い物を終えた後、少し時間に余裕があることに気付き、一休みをしていくことにした。帰り道の途中にある、大木公園の中央に鎮座している守り木の下のベンチ。そこが、聡のいつもの休憩場所であった。しかし今日は、そこに先客の姿があった。
「よっ、由紀子」
 ベンチに座って、守り木を見上げていたツインテールのメガネをかけた少女――小泉由紀子は、聡の顔を見て驚いていた。
「あ、神山さん……こんにちは」
 不器用に笑う。どこかばつが悪そうであった。
「なんだ由紀子。何か悩み事か?」
 由紀子の横に、どかりと座る。由紀子は、反対側に少しずれた。
「別に大したことじゃないので」
「そっか。由紀子は、考えすぎる所があるからな。もっと肩の力、抜いて行こうぜ」
「そうかもしれませんね」
 いつもと同じく、由紀子は控えめである。
「そう言えば、俺、まだ由紀子に幼馴染に会ったことを話してなかったな」
 夏樹と違って、由紀子は聡が記憶を喪失していることを知っている。
「そうですか。良かったですね。私、協力するとか言って、何も出来ずじまいでした。役立たずで申し訳ないです」
「何を言っているんだよ。色々とためになる話をしてくれたじゃないか」
 由紀子は、自分が知りえた記憶喪失にまつわる話を、聡に会うたびに話してくれていた。
「あんなの、必要のないうんちくです」
「ためになったと言っているんだ、由紀子が必要ないなんて決めつけることなんてないだろう? 由紀子、もっと人の言葉を素直に吸い込め」
「ごめんなさい、そういうタチなもので」
 由紀子は、頬を掻いている。
「そうだ、由紀子は携帯持っているか? 今日、俺も携帯を買ったんだぜ」
 聡は、買ったばかりの携帯を由紀子に見せた。
「あ……それ、夏樹が言っていた最新の。そっか、だから夏樹と一緒に居たんだ」
「ん?」
「あ、なんでもないです。えと、携帯、携帯……」
 由紀子はごまかすように鞄を漁り出す。由紀子の言葉の最後の方は、聡の耳には届いていなかった。
「あった」
 鞄を漁ることしばらく、ようやく由紀子は黒い色の携帯電話を取り出した。
「やたらと奥に仕舞っているんだな」
「普段、使わないので」
「よし、これからはメール飛ばしまくって、隠れる暇がないようにしてやる」
「変なメールは寄越さないでくださいよ」
「またか。お前たちは、なんで揃いも揃って、そういう認識なんだよ」
「あっ、ごめんなさい。つい……」
「まったく。でも、そういうノリで大丈夫だぜ。そんなにかしこまられても、話しにくいだけだしな」
「あ、ごめんなさい」
「由紀子は、謝り過ぎだな」
 また謝ろうとしている自分に気付いたのか、由紀子は口元を抑えている。聡は、楽しげに笑っていた。
「よし、これで由紀子のアドレスもゲットだな。また面白い話があったら、聞かせてくれよな。今度から、別に記憶喪失に絞らなくていいぜ」
「あ、はい。何か、考えておきます」
「おっと、そろそろ時間がヤバイな。じゃ、またな!」
 完全に日が暮れてしまうと、帰り道が山道のためリスクが高くなる。立ち上がった聡は、軽く右手を挙げた後、買い物袋を抱えて足早に帰路へと付いた。由紀子は、そんな聡の背中をどこか優しい顔で見送り、どこか晴れ晴れとした顔で彼女も帰路へと付くのであった。

 ログハウスに帰って来た聡。同居人の琴菜は、今日も今日で、真っ白いキャンバスに向かっていた。いったい何を思い、何を成すために、いつも真っ白いキャンバスに向かっているのか。聡は尋ねたことはなかった。訪ねてはいけないような気がしたからだ。
「琴菜、ただいま」
「おかえり」
 端的な返事。一切変わらない、琴菜の横顔。どんな病なのか分からないが、彼女はほとんど表情が変化しない。年は聡と同じぐらいだと思われるが、そんな彼女がこんな山奥のログハウスで隠遁生活を送っているのだ、それなりに理由があるのだろう。
「ついに携帯を買ったんだぜ!」
 新品の携帯電話を、琴菜に見せつけるように突き出す。琴菜はゆっくりと顔を聡の方に向けたかと思うと、すくっと立ち上がった。
「そう、確かにそろそろ必要な時だものね。見せて」
 言われた通り、琴菜に携帯電話を手渡す。
「……じゃ、まずは防水テストでもしましょうか」
 聡は瞬時に琴菜から携帯電話を取り返した。
「お前、早速壊すつもりか。ふざけんな」
「冗談よ」
 変化しない表情で、琴菜は言う。まるで言葉通りには聞こえない。
「お前の場合、八割ぐらい本気だろうが」
「信用がないわね」
「あると思ったのか、そんなもの」
 琴菜は肩をすくめて、また白いキャンバスの前に戻っていった。
「なぁ、琴菜は携帯を持ってないのか?」
「あるわよ」
「なら、アドレスを教えてくれないか? このログハウスは、通信の手段がねぇ」
 聡の視界に、棚の上に置いてある黒い電話が映る。以前琴菜に聞いたとき、『繋がっていると思うけど、電話番号なんて知らないわ』と言われた。ようは、電話の形をした置物に過ぎない。
「ていうか、ここ電波は来ているのか……?」
 ここは山の中腹。普通に考えれば、電波が届く範囲ではない。携帯を開いて、聡は驚いた。
「げっ、三本ありやがる。やっぱり、ここおかしいわ」
 電波の状況を示す縦線は、最大の三本を維持していた。聡が『やっぱり』と呟いたのは、このログハウス、前述したとおり山の中腹にある。それにもかかわらず、ガスも電気も水道も、郵便さえ普通に来る。外にパラボラアンテナが付いているため、テレビがあれば衛星だって映ると思われる。テレビがないため、確かめることはできないが。きっと、このログハウスで出来ないことはない。
「ちょっと待っていて。探してくる。多分……そうね、ここに来た時使っていたから、あるはずよ」
 部屋に戻っていく琴菜。聡は、買い物袋の整理を始めた。琴菜が戻って来たのは、その整理が終わった頃だった。
「あったわ」
 戻って来た琴菜は、かなり型が古そうなピンク色の携帯電話が持っていた。
「それ使えるのか?」
 聡の純粋な疑問。
「大丈夫なはず。契約、切ってないから」
 琴菜は電源のボタンを押している。しかし、いくら待っても携帯電話に灯りは燈らなかった。
「どうした?」
「……あ、放置していたから電池がない。コード持ってくるわ」
 今度は、充電器を取りに琴菜は部屋に戻っていった。なんとも琴菜らしい。次に琴菜が戻って来たのは、聡が夕食の準備を終えてからだった。
「サルベージするのに時間を要したわ」
 少し埃っぽくなって琴菜は帰って来た。どうやら、充電器は荷物の中に埋もれていたようだ。
「ご飯出来たけど、先に食うか?」
「先にこっちを終わらせる。気持ち悪いから」
 充電器を介して、コンセントと携帯電話を繋げる。ようやく携帯電話に灯りが燈った。
「……びっくりね」
 携帯電話の画面を見つめていた琴菜が、無表情で呟く。
「どうしたんだ?」
「着信が四十五件。メール……どんどん飛んでくる……六十一件」
「おい! お前、友達とか親とかからの連絡じゃないのか?!」
 琴菜がここにいるのは、彼女の知人たちからすれば周知の事なのだろう――そう漠然と思っていたことが、ここに来て引っ繰り返った。もしかしたら彼女も、聡と同じく『行方不明扱い』なのかもしれない。
「アドレス、読み上げるよ」
 琴菜は、聡の意見を無視して話を進めた。
「ま、待て待て! 準備が!」
「090……」
「待てって言っているだろうが!」
 その場は、結局琴菜に上手くごまかされてしまった。
 食事が終わった後、聡は一通り洗い物を終えて、部屋に戻ることに。琴菜は、白いキャンバスの前ではなく奥の窓際のテーブルに座り、外を眺めていた。
「……事情は知らないが、無事だってことぐらい、伝えておいたほうがいいと思うがな」
 聡は、琴菜にそう告げて部屋へと戻っていた。残された琴菜は、ポケットから携帯電話を取り出して、履歴を確認し始めた。
「もう皆、私の事なんて覚えていないわ」
 琴菜は、何もせずに携帯電話をポケットの中に戻した。

 部屋に戻った聡は、夏樹や静流などにメールを送信していた。その操作には、なんの問題もなくスムーズに慣れる事が出来た。記憶がなくても、体が覚えているという事は往々にあることだ。
「買ったのはいいが、やっぱり斎の奴に教えるのは嫌だなぁ。アイツ、容赦を知らねぇし。でも、黙っていたことがばれたら面倒なことになるしなぁー。教える以外に道はなしか」
 諦めて聡は、ベッドに倒れ込んだ。
 考える事は別にある。聡自身の事は、分からないことはあるものの大方解決していた。そうなると他の事が気になるものである。聡が今一番気をかけているのは、琴菜のことだ。
「アイツは、家事以外の事は何もしなくていいって言うけど、やっぱり何か恩を返したいよなぁ。でも、俺に何が出来るんだろう」
 聡は、睡魔が自然と意識を奪うまで、その事に思いを馳せ続けた。



 第一話 END


第二話は、聡の過去を探る話です。

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空白ノ翼第五章『挫かれた未来と歪んだ契約』 第一話 堕天王の逝く道/BIGLOBEウェブリブログ
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