堕天王の逝く道

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zoom RSS 日常と創作メモと進行具合

<<   作成日時 : 2017/12/23 23:21   >>

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 いつも拍手、ありがとうございます。
 励みになっております。


 創作の進捗具合です。
 空白ノ翼のみ進めております。あまときは、お休み中。

 空白ノ翼
 一話 『軋む友情』
 寝かせ中。
 二話『彼女の願いを叶えるために』
 書き終りました。とりあえず第一稿。最後に載せておきます。
 今回の話、プロットから色々と追加したら、今後のプロットほぼほぼ書き直さなければならない事態となっちゃいました。なので、第三話の執筆の前に、プロットの大幅修正です。


 アマトキ
 お休み中。


空白ノ翼
 第八章『過去と罪』
 第一話『高倉姫子』 公開中。
 第二話『晃VS菖蒲』 公開中。
 第三話『思い出を』 公開しました。
 第四話『隊長を求めて』
 第五話『家出娘の里帰り』に変更。
 公開中。


地元小説『あまとき』

 参加予定イベント
 1月21日(日)COMIC CITY福岡45 申し込みました。



 二話 『彼女の願いを叶えるために』


 橘家と尼崎家。
 現在、この二家は対立関係にある。というよりかは、尼崎家に憎まれている――と言った方が正しいだろう。
 尼崎家は、とても古い一族で古来より福岡の地を守護してきた。そこに、橘家が本州から流れ込んできて、勝手に九州分家を作った。そして、尼崎家を徹底的に弾圧した。橘家が恨まれているのは、当然の事であった。
 橘家の長男数馬は、そんな事を考えながら自分の後ろから付いて来ている尼崎家の長女音子の様子を窺っていた。
 ここは、櫻町の東部に座する若草山の中腹付近。鳥型の妖が出現したとの事で、それを倒す依頼を受け、数馬はここに居た。尼崎音子は、当日になっていきなり合流してきた。本来は、数馬一人で事に当たる事になっていた。その事を説明しても、音子は聞く耳を持たなかった。電話もないため、本家への連絡には式を飛ばさないといけない。その式が戻って来ていない以上、聞く耳を持たない音子の相手をするのは、ただの時間の無駄に過ぎない。
 尼崎音子の目的は、妖を倒す事とは当然別にあるはずだ。橘家と尼崎家の間に協力関係はない。そもそも前例もない。面倒なことにならなければいいが――数馬は、暗澹たる気持ちとなっていた。
 鬱蒼とした森。獣道を辿り、山を登って行く。音子の事は、とりあえず無視したまま。そうしていると、突然声をかけられた。
「橘数馬」
 しっかりとフルネームで名指しされたため、無視するわけにもいかず、数馬は振り返った。音子は、仁王立ちしていた。
「最初に、これだけは言っておくけど、私は別にあなたを殺そうなんてことは思っていないから」
 音子の話の趣旨が理解できなかった。
「確かに隙あらば殺せ、という指示は受けているけど、それは当主の命令であって、私は特に恨みもないあなたを殺す気なんてさらさらない。当主も、私にそんな事が出来ないなんてことは多分分かっている。でも、形だけでも従っている振りをしていないと、私は当主になる事が出来ない。私は、尼崎家の当主にならないといけない。妹を解放するためには、それが一番の近い道だから。まぁ、そういうことだから、そんなに警戒しないでもらいたいのよ。仲良くしてとは言わないけど、そんなに敵意を剥きだしたと、息苦しくて仕方がない」
「妹……妹を大切に思っているんだね」
「それはもう、とても可愛い妹だもの。私は、妹のために戦っている。いつか、妹と旅行がしたい。色々な所を回って、色々な物を食べて、夜は好きな男の子の話をするの。そういう、普通な姉妹になりたい」
「俺にも妹がいるんだ」
「そうなんだ」
「とても大切に思っている」
「同士だね」
「そうだな」
 その時数馬は、猛烈な殺意を察知した。それが自分には向いていないという事を悟るや否や、音子に駆け寄った。
「頭を下げろ!」
「えっ? あっ?!」
 音子は少し遅れて気付いた。
 上空から滑空してくる妖。大きな足で音子に掴みかかろうとしたが、数馬の介入の方が早かった。抜刀し、音子が屈んだ空間を薙ぎ払うと、妖の足でそこでぶつかり金属音が響き渡る。妖は、それ以上の攻撃をせず、勢いそのまま上空へと戻って行った。
「ごめん、助かった」
「俺も油断していた。お互い無事に生きて戻ろう。妹が悲しむから」
「そうね。もう、二度と遅れは取らない。今のは、貸しにしておくから」
 その結果、音子は数馬を庇って死んだ。そして数馬は、自分の命を助けた素鳴男と契約し、書類上死んだことにして、素鳴男の目的を果たすための旅に出た。
 それぞれ妹の所へと戻る事はなかった。
 あれから十年が経った。尼崎家は崩壊し、音子が大切にしていた妹も死んだ。しかし数馬は、一貫して今も妹を助けるために戦っていた。
 橘家の呪い。それは、種絶の呪い。かつて日本全国に居た橘家の縁者は、勝彦とその孫である数馬とその妹の椿しか残っていない。
 誰かが呟いていた。
 橘家の最後の子達――と。それは、数馬と椿で橘家が終わってしまうという意味である。
 呪いを橘家に与えたのは、なんと神である。神曰く、『今まで虐げてきた人々の恨みで滅びろ』との事。数馬は思う。それが神のやる事なのか――と。
 このままでは、自分も妹も呪いに殺される。今の所、それらしき兆候は見受けられないが、突然死をした橘京子という叔母(数馬の父親一哉の姉)の事もある。彼女は、二十歳の誕生日の朝、急死した。目を覚まさず、そのまま死亡が確認された。
 数馬は、必死に解呪の方法を模索した。そして、一つの可能性を成す事に決めた。それは、神が『今まで虐げてきた人々の恨みで滅びろ』と言うのであれば、多くの人間を逆に救う事で相殺する事が出来るのではないか――というものであった。しかしこれにはいくつもの問題点がある。『今まで虐げてきた人々』の総数がまず不明である事。橘家は、創始者が千年ほど前の人であることから、もしそこからカウントしているとすると途方もない人数になる事は、想像に難くない。そもそも、この方法で解呪されるという保証もないという、本当に客観的に見るとただの妄想の域を出ないそんな話である。
 数馬もその事は自覚している。自覚しているが故に、どんな結果になろうとしても『これで良かった』と思える方法を考えていた。
 それが、鬼神皇の討伐である。
 鬼神皇を倒すという功績で、解呪してもらおうと彼は考えているのだ。解呪が成されなかったとしても、鬼神皇の打倒は、彼が出現を確認されてから千五百年の悲願である。無駄になんてならない。しかし、そんな大物を倒す事が数馬に出来るのか。正直、現在の彼では傷を負わせることも出来ない。そのため彼は、神の力が宿る武具を探していた。鎧は、素鳴男の力によって作る事が出来るが、問題は剣の方である。素鳴男が、神代の武器を持っていれば良かったのだが、彼は五稜郭に封印された際に、全ての武器を取り上げられてしまっていた。彼の武器を取り戻すのは、とても無理である。その代替案となったのが、忌み子である火乃迦具土の復活であった。かつて神である母を焼き殺した力。その力があれば、鬼神皇でさえ焼き払う事が出来るであろう。とはいえ、火乃迦具土の復活は容易ではない。火乃迦具土は、素鳴男が言うには八つに分割され、日本全国、様々な所に封印されているとのこと。現在、五つ力を解放しているため、残り三つ。火乃迦具土を復活させることが出来れば、日本神族会の秘密を明かすと素鳴男が言っていたが――数馬がそんな事に興味を示すと思っていない事が分かっていながら、敢えてそんな事を口にしたのであれば、よほど重要で何かしら関係のある話なのであろう。
 数馬が、橘家のある櫻町の隣にある天妙市にやってきたのは、尼崎家の『赤鬼の暴走』があったことで、尼崎家の残党が悪さをするならば、きっちりと十年前のケジメをつけようと思っているからだ。それからついでに、九州にあるという二つの封印を探しに来たのである。
 天妙市の中心街に近いが、古い住居が並ぶ地域の古いアパート。数馬は、九月の初めからそこに滞在していた。
 今日は、天妙市の中心街で水無月徹と会う事になっていた。徹は、その真意は不明であるが、数馬が櫻町を離れて以降ずっと橘家に関する情報を流してくれていた。ただ、それも徹が知り得る事だけであり、徹は数馬に問われた事しか答えない。積極的に様々な情報を開示してくれるわけではなかった。
 数馬は、現状を上手く把握しきれていない。
 十年前、尼崎音子は死んだ。音子は、赤鬼の力を宿す妹の茜を救おうとしていた。彼女の言う『妹』に、異母妹である雪子は含まれていない。当然の事である。話を聞く限りでは、雪子は音子以上に自由で束縛されない平和な生活を送っていたらしい。
 音子の死後、数馬が櫻町を離れた後に、『尼崎家の崩壊』が起こった。結果、茜は死んだ。音子の願いはこれで潰えた。そして、異母妹の雪子は生き残った。この時点で、数馬は尼崎家への興味を失った。しかし、いつのまにか部屋でおはぎを食っていたマドモアゼルTの情報で、赤鬼の力を宿していた茜は亡くなっているにもかかわらず、赤鬼の力を宿していないはずの雪子が『赤鬼の暴走』を引き起こしたことが分かった。
 わけが分からない。数馬の心情を表す言葉は、これだけで事足りる。詳しい話を聞くために、徹と接触することにしたのだ。
 ちなみにマドモアゼルTという女性については、数馬も良く分かっていない。どこかの企業に雇われている凄腕の暗殺者らしい。数馬は、金を得るために除霊士だけではなく、頼まれれば要人の護衛もやっていた。その時に、マドモアゼルTと二回戦い、二回とも負けた。数馬にとっては疫病神そのものである。その後、マドモアゼルTの真意は不明であるが、除霊士の仕事を数馬に押し付けてくるようになった。数馬の連絡先がどこから漏れたのかは、今でも不明であるが、勝手に部屋に侵入されていた事なんて幾度もあるため、もう考えるのが億劫になっていた。きっとマドモアゼルTは、アニメなどで有名な世界的な大泥棒と同じなんだろう。そうとでも思っていないとやっていられない。
 十四時を少し回ってから、数馬は出かけた。徹が指定した場所へと向かうためだ。中心街のすぐ近くであるが、綺麗で華やかなのはほんの僅かだけ。すぐ裏手は、得体のしれない落書きが縦横無尽に這う壁に、薄汚れた路地。この辺りは、夜に開いている飲食店が多いため、その残滓が昼でも残る。それでも人通りはそれなりに多い。こんな治安が悪そうなところでも、近くには専門学校があり、学生が多いのだ。ここは、色々なものが渾然一体と化した、不思議な町であるとも言えた。
 数馬もこの辺りを訪れるのは、十年振りほど。地図を確認しながら、徹が指定した場所へと向かう。高いビルに覆われた、入り組んだ路地。こうなると迷宮と等しい。
 周りに意識が取られてしまっていた数馬は、ゲームセンターの前に知り合いが立っている事に気付けなかった。その知り合いの方が先に気付き、訝しみ、それからはっとなる。数馬はそこで、その知り合いに気付いた。
 小さな体躯。短い髪。男物の服を着ているその少女の名は、赤咲夕音。橘家と親交が深い、赤咲家の長女である。赤咲家はすでに除霊士を排出できていない為、除霊屋としては機能しておらず、現在は道場を開いている。この夕音も、除霊士としての力はない、一般人。そのため、数馬は死んだことになっている。
 数馬は、一気に青ざめた。慌てて地図で顔を隠して、逃げようとしたその時、背部に凄まじい衝撃が走った。夕音が、凄い速さで間を詰め、背部を打撃したのだ。数馬は、盛大に地面を転がった後、夕音に体を向ける形で座り込み止まった。
「くぅ……いきなり発勁はあんまりじゃない?」
「逃げるから。どうして生きている、数馬」
 十年前と随分と話し方も様子も違う。元々夕音は、いわゆる『天然系』だった。どことなく浮世絵離れしており、周りに流されず、自分のペースだけで動く。十年の間で、すっかり擦れてしまったという事だろうか。
「色々と……」
 呼吸が苦しい。大きく息を吐いて、なんとか呼吸を整えようとする。
「あったんですよ」
「椿は泣いていた」
「……それでも、こうせざるを得なかった」
 呼吸が整ってきたので、数馬は立ち上がった。十年前、道場で夕音に修行相手になってもらう事があったが、その時とは比べ物にならないほど強くなっている。もし十分な霊力を有していれば、水及の後継者になれるほどの神童というのは、伊達ではない。
「数馬が死んだと聞かされて、私はこの世の理不尽を憎んだ。何も上手く行かない。全てが悪い方へと転がっていく。両親も死んだ。妹も死んだ。次は、爺様か? 疫病神と罵られても、私は何も言い返せない。私自身も……自分が疫病神ではないかと、そう思っている」
「夕音……」
 死んだ事にするのが都合が良かった。確かにそうだ。あの時は、それしか方法がなかった。その結果、色々な人に迷惑をかけたであろうことを、数馬は見て見ぬ振りをした。そうでもしなければ、心が折れてしまうから。
「数馬が生きていた。少しほっとした。これから何を成そうとしているのか分からないけど、きっとそれは悪い事じゃないよね?」
「椿を助けるためだ。俺は、そのためだけに今も戦っている」
「ん。その調子だと椿とは会えないのだろうけど、せめて五十鈴様には会って欲しい。五十鈴様が、どんな風に過ごされているか。知っている?」
 五十鈴は、数馬の母親だ。
「……分かった。母には、顔を見せに行く」
 数馬は、五十鈴の現状を知らない。怖くて知る事が出来なかった。
 父が死んだあの日。
 母は泣いていた。いつも気丈だった母が、こんなにも泣くとは思っていなかった。大きく見えたその背中が、本当に小さく、小さく見えて、数馬は子供ながら母を父の代わりに守っていきたいと願った。
 橘家の呪いに苛まれていた父は、亡者に突き動かされ、発作を起こすかの如く突然暴れまわった。母は、その度に父を封印した。その呪いが、自分の身にも宿っている可能性に数馬は恐怖した。それは、妹にも言える事だ。
 橘家の呪いを解かない限りは、父のように大切な人を傷付けながら死んでいかなければならない。
 母は、泣いているのだろうか。それとも察してくれて……いるのだろうか。
 母に会うのは怖い。
 成さなければならない事を忘れてしまう。母の傍に居たいと願ってしまう。
「数馬。私は、間違えた。間違えてしまった。でも、数馬はまだ大丈夫。何も失ってはいない。だから、大丈夫だ」
 夕音はそれだけを残して去って行った。彼女を呼び止める事が、数馬には出来なかった。夕音が背負った『何か』。それを一緒に背負ってあげられるほどの余裕はない。夕音もまた、そうであったであろうが、それでも数馬を気遣った。
 夕音の優しさは、数馬を優しく包むと同時に数馬に自分の心の弱さを突きつけた。
 思わぬ夕音との遭遇であったが、元々時間に余裕を持って家を出た為、徹との合流地点には予定よりも早く着いた。
 徹は既にビルの角に立っていた。そんな徹に一瞥して、数馬はもう一面の角へと背中を預けた。徹は、個人的に数馬に接触しているだけであり、数馬は現在フリーの除霊士。数馬に情報を流すという事は、情報漏えいに他ならず、この事が知られると徹が罰せられる。そのため、面と向かっては話が出来ない。
 徹からA4の茶封筒を受け取る。彼はそれだけ渡すと、すぐにその場を離れようとした。
「徹」
 本来呼び止めてはいけないのであるが、気になる事があった。
「いつもすまない。プライベートな事なんだが、一つ聞きたいことがあるんだ」
「珍しいですね。分かる事なら答えます」
「赤咲夕音について。最近、何かあったのか、知らないか?」
「赤咲……あぁ、赤咲道場の。確か、家族旅行中に事故に遭って、夕音さんだけが生き残ったそうです。今も入院中と聞いていますが」
「そうか。すまない」
 数馬はその場を離れた。
『お前らしくもないな』
 そう頭の中に声が響いた。数馬は、携帯電話を取る。
「仕方ないだろう」
 声の主は、破壊神素鳴男。数馬の命を救った代償に、封印された肉体の解放を要求した存在。その目的は果たされたのだが、彼は今も数馬の体に憑依している。かつて倒す事が出来なかった鬼神皇の打倒を、数馬に成してもらう事を願っているからだ。
 誰もいないのにブツブツと喋っていては、体裁が悪い。そのための携帯電話である。
「俺にとって、夕音はいつでも特別なんだ」
『愛……なんてことではなさそうだな』
「かつて天狗になっていた俺の鼻をへし折ったのが、彼女だった。元々口数が多い子ではなかったけど、だからと言ってあんなに荒んではいなかった。それだというのに、夕音はそれでも俺を気遣ったんだ。知らない顔も出来たろうに。声をかければ、痛みを伴う事が分かっていただろうに。それでも……今の俺には、余裕が確かにない。でも、それを言いわけにして目を耳を塞いでいたら、恥ずかしいことだって思ったんだ」
 数馬は、橘家の長男。元々、素質が十分に備わっていたため、お世辞も過分に含まれていたかもしれないが、『天才』と持て囃されていた。実際、同年代の除霊士の子達と比べると、その実力は抜きんでていた。そんな彼に、祖父の勝彦は赤咲夕音と手合わせするように促した。その時、数馬は十四歳。夕音は九歳だった。何かの冗談かと思った。しかし周りは全員本気だった。仕方なく、夕音が体術で挑むというため、数馬もそれに従い、拳を交えた。その結果、数馬は一撃で敗北した。確かに体術は、剣術と比べれば修練不足だったかもしれないが、それでも『届かない』と明確に思い知らされた瞬間だった。彼女こそが、本物の『天才』。井の中の蛙だった数馬は、この時世界の広さを知った。
『そっか。最近、閉塞しつつあったからな。あの子との出会いは、これこそ天恵だったのだろう』
「神であるあなたがそれを言うのか?」
『前にも言っただろう。俺たちは、別に神じゃない。神を演じている詐欺師集団だ』
「……確かに前も聞いたが、いまいちよく分からない」
『火乃迦具土を手にした時、全部話すさ』
 この世界には、人が知らない『何か』がある。
 買い物を済ませて、アパートに戻る。そして数馬は、アパートの壁に背を預けて立っている老人の姿を見て、げんなりとした顔をした。
「今度は、爺さんか」
『千客万来だな』
 祖父の勝彦。
 天妙のアパートに来る前に、勝彦に手紙を出していた。近くに滞在するが、干渉しないで欲しい――と。これは必要な事であった。感応士が見張っている地域に、なんの小細工もせずに入りこめば、いずれは見つかってしまう。ならば、最初から来ることを伝えておいた方が、問題になりにくい。そう思っていたが、まさか直接会いに来るとは思っていなかった。
「久しいな。大きくなった」
 数馬は、居心地の悪さを覚えた。孫の事など、興味がないものだと思っていたからだ。それに十年前と雰囲気が随分と違う。前はもっと世捨て人のような――枯れた老人であった覚えがある。今は、毅然としているように感じた。
「上がって……行きますか?」
「気を遣わなくていい。あまりここにもいられない」
 徹が数馬と会うのでも小細工を必要とするのに、それよりも立場が上の勝彦がこうやって目の前に立っている。彼の言葉通り、無理してここにいるのだろう。
「どうせ、尼崎家の事を嗅ぎつけて戻ってきたのだろう? もうお前もいい大人だ。とやかく言う気はない。ただ、お前の顔を見ておきたかったのと、無茶をするなと言いに来た。何かあれば、徹を通せ。出来る事は対応する」
 徹の事は、お見通しだったようだ。
「母様は、元気ですか?」
「少し前までは伏せていたが、今は少し元気になった。五十鈴に会いたくなったら、これも徹を通せ。どうせ、家には顔を出せないのだろう?」
「はい……」
「椿も元気だぞ」
 勝彦の気遣い。数馬は、この時強い衝動に駆られた。子供の時、あの瞬間、どうしても言えなかった言葉が競り上がってくる。
「何故、父様を見捨てたんですか?!」
 止められなかった。戸惑いの感情が、かつて抱いていた憎しみの色へと塗りつぶされていく。
 勝彦は、数馬が幼少の時、家にはいなかった。数馬は、祖父が生きている事さえ知らなかった。勝彦と出会ったのは、父が死んだ後。幼い数馬にとって、勝彦は父と母を見捨てた酷い人間だった。
「数馬……! あぁ、そうか。お前は、俺を憎んでいたのだったな。そうだ。俺は、家族を捨てた。言い訳はせぬ」
「そういう事を聞きたいのではありません。どうして、父と母を救ってくれなかったのですか?!」
「出来ない事を知っていたからだよ」
 諦念の表情。
「色々と手を尽くしたんだ。それでもダメだった。だから、一哉を殺して、楽になろうと思った。一哉が死んでくれないと、俺も死ねないからな。数馬、俺の本当の姿を……見せてあげよう」
 次の瞬間、勝彦の姿が若くなった。年の頃は、数馬とそう変わらないように見えた。
「なっ……」
「俺の時は、二十四歳で止まっている」
 勝彦の姿が、元の老人へと戻る。
「これが俺にかけられた『橘家の呪い』。橘家が滅びる瞬間を見守るために、不老不死にされた。俺が死ぬには、橘家が完全に滅びなければならない。つまり、一哉が死なない事には、俺は死ねなかった。しかし、一哉を殺す事には失敗した。五十鈴や直久に邪魔されてな。だから、俺は逃げたのさ。もう、家族が死ぬのを見たくはなかった。少し、話をし過ぎたな。お前が俺を憎んでいるのは当然のことだ。だが、困った時に手を差し伸べる事は許してくれないか? さすがに罪の呵責に耐えられぬ」
 困り果てた顔。
 数馬の中で、盛大にブレーキがかかった。この人を憎んではいけない――と。勝彦は、数馬が事を成せなかった時の将来の自分自身に他ならない。
「爺さん、俺は橘家の呪いを解くために戦っている」
「そうか。俺が成せなかったことを、お前が成してくれるというのか。ならば、お前は橘家の希望だな」
 勝彦はその時、本当に嬉しそうに笑ってくれた。それは、とてもこそばゆいものであった。
 去っていく勝彦を見送って、数馬は二階の奥の自分の部屋へと向かった。
「爺さんの呪いの事……当然、知っていたのでしょ?」
 これは素鳴男に向けられたもの。
『いや……その時は、すでに五稜郭の中だったからな。随分とエグイことをする』
「どうしてそこまでして、日本神族会は橘家を滅ぼそうとするんだ?」
『俺にも分からない。日本神族会は、結局の所は神世七代(かみのよななよ)の命令を遂行するための実行機関に過ぎない。歯車に過ぎない俺たちには、それを動かしている連中の事なんて分かりようがない』
「神世七代……か」
 様々な情報に酔ったのか。心身ともに疲弊しきっていた。ようやっと自分の部屋に戻ってきた数馬は、しばらく寝てしまおうか――そんな事を考えていたのだが、侵入者が居る事に気付いて、愕然とした。
「ようやっと帰ってきたのね。待ちくたびれましたわ」
 マドモアゼルTが、ノートパソコンに向かって作業をしていた。数馬は、持っていた買い物袋を床に落とした。
「お前なぁ……もう、勘弁してくれよ」
 文句を言いたかったが、泣きごとになってしまった。それは、数馬の心の底からの本音だった。
「あなたがそんな顔をするなんて、本当に疲れているのね。楽しいわ」
 悪魔の微笑み。
 言い返す気力もない。
「まぁ、どうしてもと言うなら帰ってあげてもいいけど、本当に帰ってもいいのかしら?」
「何が……本当に疲れているんだ。端的に頼む」
 何が『したいんだ』、と言おうとして、やめた。話がさらに長くなりそうな予感がしたからだ。
「私はあなたに今持っている情報を渡す。あなたは、私の依頼を受ける。そういうことですわ。いつでもシンプル。そうでしょ?」
 毎度そのシンプルな話を複雑にしている人間の言う事ではない。
「依頼……悪いが、今は他の事をしていられる余裕はないんだが」
「とりあえず、私の依頼の内容を話しますわ。今、櫻町で起こっている尼崎家関連の事案を終わらせて欲しいの」
「……尼崎家と因縁があったのか?」
「それをわざわざ聞くという事は、いつまでもここでくつろいでいていいという事かしら?」
「悪い。全く興味がない」
 慌てて言い直した。
「素直で宜しい事。そんなあなたに免じて、話は端的に終わらせましょう。それで、私の依頼を受けますの?」
「俺は、今そのためにここにいる。依頼なんてなくても……」
 そこで数馬は、気付いた。
「そうか。必要なのは、契約の有無なのか。それがないと情報を渡せない、そういうことなのだろう?」
「慈善事業でやっているわけではありませんから。察しが良くて助かりますわ」
 マドモアゼルTから契約書と書かれた紙を一枚受け取りつつ、ようやっと座った。内容に目を通して、サインをして、返した。
「で、どんな情報をくれるんだ?」
「尼崎一は生きていますわ」
 数馬は、言葉を失った。
 尼崎一。尼崎家の当主。十年前の『尼崎家崩壊』で行方不明となっており、小泉家は死亡したと判断していた。そのため、数馬も尼崎一は死んだものだと認識していた。
「私の推測ですけど、これはほぼ確信を持っていますわ。十年前の『尼崎家崩壊』後、小泉家は死体の精査を行っていません。本当にありえないほどの杜撰な処理ですわ。本人の死体を確認しているわけでもないのに、『状況的に死んでいるに違いない』。そういう時は、大抵生きているのが常識ですわ。さらに行方不明のリストと尼崎家の当時の資料を照らし合わせると、外出していてその場に居なかった人まで死亡扱いにされている。その中には、尼崎一の側近だった尼崎九琥津の名前もあったの。これだから除霊屋って嫌いなのよね。ポンコツ頭のご都合主義。迷惑甚だしいですわ」
「生きているならどこに?」
「十年前に行方くらました人間の居場所を突き止められるほど、私は万能ではありませんわ。ただ、おおよそ推測は出来るわ。多分、すぐ近くに居る。近くに居て、チャンスを窺っている。今回の『赤鬼暴走』で、彼らは計画を一段階進めたはずですわ」
 そこでマドモアゼルTは、ノートパソコンを畳み立ち上がった。
「彼らは、きっとがら空きの自分たちの家を抑えに来ますわ。そこに籠城すれば、数的に不利な彼らも少しは粘れますわ。ただ、どうもいくつか要素が足りていません。彼らは、とんでもない切り札を持っている可能性がありますわ。例えば、尼崎家の直系の子供、尼崎音子が生きている、とかそういうレベルの切り札」
「そんな馬鹿な! 音子は確かにあの時……!」
「息を引き取るのを確認しましたか? 彼女は確かに死んでいましたか?」
 音子は、潜んでいた尼崎家の人間が放った矢を、数馬を庇って右胸に受けて倒れた。彼女を抱えた時は、まだ息があった。その後の事は、覚えていないと言った方が正しい。怒りに身を任せて暴れまわった。その後、すぐに素鳴男に連れ出されてしまったため、音子がどうなったのかを確認していない。亡くなったものだと思っていたため、音子の葬儀があったのか、そんな事も確認していない。
「その調子だと、尼崎音子は生きている可能性がありますわね。尼崎音子が生きていれば、尼崎一はより一層自分たちの正当性を主張できますわ。今度判断を誤れば、数馬君の目的を達成する以前の問題になってしまいますから、その事を忘れずに。お姉さんからの忠告ですわ」
「ありがとう。助かった」
 マドモアゼルTは、優しい笑みを浮かべた後、部屋を出ていった。ようやっと静寂が戻ってくる。数馬は、大きな溜息を零した後、床にごろりと横になった。
「尼崎一が生きていて……音子が……音子が生きている。本当に……生きているなら……」
 音子の笑顔が天井に映る。締めつけられる胸。懐かしさだけではない。あれは、初恋だったんだ。
「助ける。音子を……助ける」
 数馬は、強く決意を固めた。




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