堕天王の逝く道

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zoom RSS 幽世喫茶最終話『タカという名の妖』

<<   作成日時 : 2017/07/04 14:00   >>

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 登場人物、前の話の内容などは、幽世喫茶目録を見てください。




 幽世喫茶 最終話『タカという名の妖』



 兎渡子(ととこ)は、両手に黒いグローブを付けて、珈琲を淹れていた。黒いグローブは、兎渡子の力を封印する。結局、『幽世(かくりよ)珈琲』を淹れるのを、彼女は断念したのだ。
 元々、偶発的に発動したものでしかなかった。戦う事をやめた。その代わりとなるものとなれば――そう思ったが、幽世珈琲は劇物であるという事を、身を持って味わってしまった以上、確固たる思いもなく作り続ける事は出来ない。
 幽世珈琲を作らなくなってから、一つの変化が起こった。霊的な存在が、現れなくなったのだ。幽世喫茶の力が、霊的な存在の呼び水になっていた。そういう事なのだろう。なおさら、幽世珈琲の出番はなくなった。
 幽世珈琲ではない、普通の珈琲。黒い湖面がゆらゆらと揺れている。
 相変わらず客はいないため、その珈琲は自分用。
「……これじゃ、喫茶店を続ける意味もないわね」
 そう口にしても、何も感情が湧いてこなかった。
 結局、普段通りに過ごし、一週間経った。時刻は、七時少し前。就寝していた兎渡子は、身の毛もよだつ気配を感じて、急激に覚醒した。
「な……なに?」
 店に出る。そこには、困惑した表情のマイの姿があった。
「マスター」
 震える声。
「何があったの?」
「分かりません」
 店内に異常はない。外で何かが起きたのか、起ころうとしているのか。
 兎渡子は、春野家へと電話をする為、店の電話の受話器を握った。そこで、来客。店にやってきたのは、オセロットであった。
「オセロット? このヤバイ気配は……」
「我ではない」
 兎渡子は、オセロットの言葉を受け入れる。感じた気配と、オセロットの気配が合致しないからだ。
「幽世珈琲の過剰投与により、タカが本来のタタリ神に戻ろうとしている」
 兎渡子は、言葉を失う。
「タカは、記憶が欠落する事で辛うじて、落ち着いていた」
「幽世珈琲の作用で記憶が戻ったから……?」
「そうだ。タカは、元に戻った。元に戻った奴が、果たす事は一つだけ。人間を殺す事。兎渡子殿、あなたが選べ。自分の力でタカを滅ぼすか、それとも他者に任せるか。タカとは、知らない仲ではない。あなたが望めば、私が滅ぼそう」
「滅ぼす以外に方法は?」
「私は、破壊神だ。滅ぼす方法しか知らない。兎渡子殿が他の方法を模索するならそれも良いが、タカはすぐにでも町に降りる。もう猶予はない」
「タカは……私が止める」
「出来るのか?」
「私が、タカを元に戻した。なら、これは私が命を賭してでも成さなければならない事」
 兎渡子は、苦虫をかみつぶした表情を浮かべる。
「幽世珈琲なんてものを作ってしまった、私の罪だ」
「少なくとも、我は幽世珈琲に救われた」
「わ、私もです!」
 マイが賛同した。
「後は、あなたがタカから感じるといい」
 兎渡子には、オセロットの言葉の意味が分からなかった。
 倉庫にしまっておいたバイオリンを引っ張り出す。兎渡子の力は、音を奏でる事で強く効果を発揮する。除霊屋に所属していた時は、このバイオリンを用いて、妖を鎮めていた。
 複雑な思い。
 姉と共に最後に戦った妖ウツロ。黒い液体が、人の姿を成しているような、そんな不気味な妖であった。液体に似た性質であったせいか、詳しい事は分からないが、音を媒介とする兎渡子と兎渡子の姉の攻撃は、ことごとく吸収されてしまった。結局、兎渡子の姉が取り込まれ、その姉を媒介としてウツロの霊体そのものに揺さぶりをかけることで、ウツロを退ける事に成功した。兎渡子の姉は、精神を食われた。さらに自分の姉を攻撃することに逡巡した結果、ウツロを逃がしてしまった事で、兎渡子は自信を失った。
 バイオリンは、それ以来ずっとケースの中。しかし、これがなければ兎渡子の力は、妖に作用しない。
 ズンと腹に響く振動音。この揺れは、一体何の揺れなのか。
 兎渡子は、複雑な思いを抑え込み、ケースを手に持った。
「じゃ、行ってくるから」
 オセロットはいなくなっていた。
 心配そうにしているマイ。
「帰りを待っております」
 マイは、深々と会釈をした。
 外に出ると、振動の理由が分かった。
「なにあれ……」
 怪獣が居た。
 木々の向こう側に、巨大な鳥の化け物。場所は、厄神社。タカと初めて会った場所だ。大きく動こうとして、神社の結界に弾かれている。結界に弾かれるたびに、周りが激しく振動していた。
 揺れに翻弄されながらも、なんとか厄神社まで辿り着く。凄まじい瘴気で、息が苦しい。鳥居の前――結界の縁で、兎渡子はバイオリンを構えた。タカがそれに気づき、顔を近づけて来るが、結界に阻まれて弾かれる。
 身の丈、十メートルはあろうかという巨大な鳥の化け物。こんな巨大な存在を鎮める事が出来るのだろうか。
「タカ……私の言葉が聞こえる?」
 唸り声のみが返ってきた。もう、理性もないのだろうか。
「久しぶりだけど、上手く行って」
 兎渡子がバイオリンを弾く。兎渡子の霊力が音色に込められ、タカの霊体に直接作用する。霊体を揺さぶられ、軋み――タカは、苦痛と抗いのためにのけぞった。効果はある。このまま――そう思った瞬間、タカは一際大きな咆哮を放ち、同時に莫大な霊力の渦を周囲に発散した。突然出現した爆弾低気圧。そういう趣である。すでに朽ちて傾いていた奥の社は、粉々になって巻き上げられ、鳥居は僅かにもったがその後は瞬く間に崩壊した。結界の根幹だった社と鳥居が吹き飛んだことで、結界も崩壊し、タカの放った霊力の渦は周囲の樹木を薙ぎ倒して行った。
 社の前に立っていた兎渡子も、無事に済むわけもなく、霊力の渦に翻弄され、石畳に叩きつけられる。持っていたバイオリンは、巻き上げられ粉々に砕け散る。兎渡子は、それを見て、絶望した。
 霊力の渦が収まった後は、惨憺たるものであった。結界が壊れ、自由になったタカは伸び伸びと体を天高く伸ばす。対抗する術を失ってしまった以上、兎渡子にはもうどうする事も出来ない。
「タカ……」
 その声に反応したわけではないのだろうが、タカは血のように赤く染まった瞳を兎渡子へと向けた。
 この時兎渡子は、不思議と恐怖を覚えなかった。タカを見上げつつ、『どうしてこんな事になってしまったのだろうか』、そんな事に思いをはせていた。
 厄神社で出会い、幽世珈琲を振舞った。それからも度々店を訪れては、タカは幽世珈琲を飲み続けた。
 幽世珈琲は、記憶を復元すると同時に、その時の感情も復元されるため、心がかき乱される。
 タカは、どうして幽世珈琲を飲み続けたのだろうか。
 取り戻したい記憶があったのだろう。
「変だ」
 兎渡子は、その時気付いた。
 タカは、記憶を失っていた。だから、その記憶を欲し、幽世珈琲を飲んだ。そこまでは分かるが、タカが欲していた記憶は、このように暴れまわるほど苦しいものだったのか。
 そもそもタカとは、どんな存在なのだろうか。
 結果には、原因が存在する。タカの現状が結果ならば、それに至った原因が――。
「タカは、そこにまだ至っていない」
 兎渡子は、満身創痍の体に鞭を打ち、なんとか立ち上がった。
 タカには、思い出したいものがあった。しかし、それを思い出す前に、妖であった時の感情にぶち当たって、暴走してしまった。タカが渇望していたものは、その先にあったのだろう。
 タカの咆哮は、怒り。そして、嘆き。
 怒って泣いている。
 バイオリンもない。
 幽世珈琲もない。
 しかし、兎渡子の力はそれらを媒介にしていたに過ぎない。本来の力は、兎渡子の指に宿っている。この指で、タカの霊体を直接掻き混ぜる事が出来るのであれば、タカの記憶を穿り出してやることも可能であろう。
 問題は二つある。
 一つは、タカに直接触れなければならない事。暴れている彼に近づくのは容易ではない。
 もう一つは、タカが巨大すぎる事。内包している莫大な霊力を掻き混ぜるのは、容易な事ではない。下手をすれば、兎渡子は彼の瘴気に呑まれてしまう。
 兎渡子は、タカを見つめる。
 かつてこの場所で、姉を守る事が出来なかった。ここでタカを救えなければ、兎渡子はひたすらに後退し続ける事になる。
 何も出来なかったと悔やみ、引きこもったあの時に戻るのか。
 兎渡子は知っている。あの日々は、惨めで辛かった。この先もずっとあんな日々になるぐらいなら、ここでタカに食われて死んだほうがマシ。
 タカを救う。救わなければ前に進めない。
「本当に身勝手だな、私……」
 兎渡子は、一歩踏み出す。
「でも、タカを救いたいと思うこの気持ちも本物だから」
 理屈じゃない。
 気持ちが向いた方向が、思いの進むべき道。そう信じる事にした。
 兎渡子は走った。どこでもいい。とりあえず一度触れる。そこからだ。しかし、そんな兎渡子はタカの羽ばたきであっさりと吹き飛ばされた。
 地面から足が離れた瞬間、兎渡子は『あっ、これはダメだ』と悟った。人は空を飛べない。巻き上げられたら、抵抗する術を持たない。
 タカの大きな口。あまりにも現実感のないそれに、兎渡子はせめて一矢を報いなければと右手を伸ばす。
 ガァツ! そんな音だった。
 兎渡子の目の前で驚くべき事が起こった。地面から湧いてきた巨大な獣の口――犬のそれに近いが、タカの体をパクリと喰らっていた。音は、その巨大な口の牙と牙がぶつかった音であった。
 兎渡子には、それが誰の仕業なのかすぐ分かった。
 オセロットだ。
 オセロットの口に喰われて、巨大なタカの体は頭部を残すのみとなってしまった。体を失って自由落下してくるタカの頭部に、兎渡子は手を伸ばす。
 兎渡子の右手が触れた瞬間、激痛を覚えた。瘴気が右手から上腕までを黒く染めている。兎渡子の霊力を、肉を喰らっている。それでも兎渡子は、歯を食いしばり己の力を解放させた。

 一面に広がるのは、田んぼか。のどかな農村の光景。
 空に三匹の鳥――大きな鳥、タカであろうか、そんなのどかな農村を見守るように円を描きつつ、飛んでいた。

「そう。あなたの本当の名前は、『御鷹』というのね」

 人の形に戻ったタカ――ミタカは、すでに原形をとどめていない鳥居の近くで倒れていた。
「すまない……」
 人の形に戻ってはいるが、満身創痍。霊力も底をついているようであった。
「いい記憶は、取り戻せた?」
「あぁ……ありがとう。君の珈琲は、本当に……素敵な味だった……」
 ミタカは、最後に笑顔を浮かべ、崩れ消滅した。


 次の日。
「本当にお前は、馬鹿野郎だ!」
 蓮華は、怒っていた。もう、何度同じことを言われたか分からない。兎渡子の右腕には、ぎっしりと護符が張られていた。
 あの後、駆け付けた除霊士に保護され、治療を受けた。黒く染まった右腕は、しばらくは痛みが残るが、時間の経過と共に元に戻るであろう――とのこと。
 報告を聞いて駆け付けた蓮華は、最初泣いていたかと思うと、後はずっと小言。幽世喫茶に戻って来ても、後を追いかけて来てずっと小言。困ったものだと、兎渡子は苦笑する。
「私ね、幽世珈琲を淹れ続けようと思う」
 蓮華に力を使っていない普通の珈琲を振舞う。
「……そっか。だが、それには条件がある」
「条件?」
「危ない事には首を突っ込むな! 何かあったら、私に言え!」
「そうね。そうする。もうこんな無茶はしない。だから、そろそろ機嫌を直してよ」
「ふん! お断りだ!」
 ますます困ったものだ。
 蓮華の小言は、その後一週間も続いた。


 さらに一カ月が経過した。
 兎渡子の右腕の護符はまだ取れていない。しかし、大分具合は良く、動かしてもさほど問題ない程度にはなっていた。
「マスター、開店準備が整いました」
 外を掃除していたマイが戻ってくる。
「ありがとう。じゃ、今日もぼちぼちやって行きましょうか」



 ここは幽世喫茶。
 不思議な珈琲を出すお店。



 幽世喫茶 END

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