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zoom RSS 福岡県地元小説『あまとき』 第十三話 『置いてきたモノ』

<<   作成日時 : 2016/07/24 09:31   >>

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  第十二話 『母神とアマトキ』
  第一話〜第十二話



 今までのお話〜あらすじ
 塔ノ尾公園に降臨したアマトキは、ナグモが引き起こした慶介の神隠しを経て、ナグモ、天鈿女と共に、藤木家に居候する事となった。因縁があった母神との挨拶も済ませ、そろそろ六月が終わろうとした頃、雨が降った。その雨は、アマトキに決断を迫る事になる。
 今回は、暗い話です。



 登場人物

 アマトキ
 慶介の願いに呼応して降臨した、忘れられた神。遂に衣服を得て、自由の身に。

 藤木慶介
 一人暮らしをしていたが、アマトキを呼びだしてしまった事で、厄介事に巻き込まれる事に。

 天鈿女
 アマトキを勧誘しに来た神様。その目論見は潰えたが、アマトキを監視するという名目で居候することに。

 ナグモ
 慶介に憑りついている土蜘蛛。念願かなって、慶介と共に暮らす事が出来るようになった。アマトキの面倒を一番見ている、藤木家のお母さん。

 母神
 地元の八幡宮の主。アマトキと因縁浅からず。

 土偶
 天鈿女が結界でアマトキを閉じ込めた際、それを破る方法を教えてくれた。気付いたら居候していた。






   第十三話 『置いてきたモノ』



 外は、パラパラと雨が降っていた。アマトキは、家の中から曇天(どんてん)を見上げる。そんな彼女を、ナグモが心配そうに見つめていた。
 雨は、アマトキに色々な過去を想起させた。しかし、そこには何の感情もない。ぼんやりと他人事のように『あれは嫌な事だった』、そう思う程度。
 雨は降り続ける。ずっと降り続ける。
 窓ガラスに映るアマトキの表情も、曇り空であった。


 それはある日の夕食時の事だった。
「どうしてこいつがここにいるのよ!」
 天鈿女(あまのうずめ)が、アマトキの隣で食事を食べている土偶を指差して吠えた。土偶の種類としては、遮光器土偶。大きさは、両の手の平を広げた程度。本来、土を焼いて出来た土偶に動かせる所はないはずであるが、そこにいる土偶は箸を持って食事を食べていた。土偶自体が、咀嚼しているわけではなさそうである。口の近くまで近づけると、食事が少しずつ消えていく。姿形は土偶であるが、その動きは最早人間のそれに近い。
 土偶の名前は分かっていない。
 天鈿女が、アマトキを部屋に閉じ込めた際、その結界を壊す方法を慶介に教えたのが、この土偶である。ナグモが同居するようになった後、気付けば土偶も居ついていた。
 アマトキもナグモも普通に接しており、慶介は遠巻きにそれを見ていた。唯一ピリピリとしていた天鈿女が、この日、遂に異議を唱えた――それが今回の『どうしてこいつがここにいるのよ!』であった。
 立ち上がって、土偶を指差す天鈿女。しかし、土偶は全く気にしていない様子。食事を無言で食べ続けていた。
「別に悪いモノでもないし、いいんじゃない?」
 土偶の代わりに、アマトキが答えた。
「それがどういった存在なのか、知っていて言っているの?」
 矛先がアマトキへと変わる。
「名前は知らない」
『私の名前は……』
「あぁー! 言わせない!!」
 ようやっと喋り出した土偶の言葉を天鈿女が遮った。
「食事中は静かにしてください」
 我慢していたナグモがたしなめる。
「これを招き入れたのは、アンタの仕業?」
 次はナグモへと矛先を変える。
「はい、そうですが、なにか?」
「なにか? じゃない! どうして、これを招き入れたの?!」
「どうしても何も。同じまつろわぬ存在ですから。むしろ、ここではあなたが異端です。そんな事も分からないんですか?」
 状況は圧倒的に不利。天鈿女が次に矛先を向けたのは、慶介だった。
「可愛そうな人みたいに言わないでよ。慶介! あなたなら、この土偶が悪い妖だってことが分かるでしょ?!」
 この家のヒエラルキーの頂点に君臨する家主である慶介を取り込めれば、この戦いは勝ちだ。
 しかし、そう上手くはいかない。
「いや……手伝ってもらったし、別に悪いとは……」
 奇怪な存在であるとは思っているが、実害はなかったし、結界を破る方法を教えてもらった件もあることから、慶介は土偶を敵視していなかった。
 その後も天鈿女は食い下がった。執拗なまでに、土偶を排斥しようと頑張った。孤立無援の戦い。
『なら、勝負をしよう』
 土偶が言葉を発した。土偶の声は、男性とも女性とも分からない、中世的な声音だった。食事をきっちりと終えたので、天鈿女の相手をする気になったのだろう。
「勝負ですって? まともに戦ったら、私に勝ち目はないんだけど」
『当然。踊り子風情に、蛇退治は勤まるまい。故に、じゃんけんである!』
 天鈿女は、生唾を飲み込んだ。
 土偶の手では、グーしか出せない。それだというのに、じゃんけん勝負と言いだしたその真意が分からない。
 パーを出せば勝てる。本当に? 罠ではないのか? なら、チョキを出すべきなのか? いや、さらに裏をかいてグーを出すべきではないのか。
『じゃん、けん……』
 土偶が音頭を取りだした。
『ぽん!』
 天鈿女と土偶の言葉が重なり、勝敗は決した。
 天鈿女は結局素直にパーを出した。
 土偶は、チョキを出していた。土偶の手の先から、人の手が生えていた。
「そんなのありなわけ?!」
『勝利!』
 天鈿女が結局納得する事はなかったが、一人でこの状況を覆せるわけもなく、土偶は居座り続ける事となった。
「……で、あの土偶は何?」
 土偶の手の先から人の手が生えるという、奇怪な現象を目の当たりにした慶介の疑問は深まるばかりであった。
 その後慶介は、この土偶に匹敵する不可思議な存在と遭遇することになる。
 それは、三日後の夜の事であった。慶介は、喉の渇きを癒すため一階の台所へと足を運んだ。そこには、鎧武者の姿があった。体躯は、慶介と同じ程度。鎧を纏っているため、ずんぐりとしている。顔の部分はぼやけており、そんなぼやけた状態にもかかわらず、鎧武者は魚肉ソーセージを食べていた。
「……なっ?」
 慶介は、固まっていた。すると、鎧武者の姿をしたそれがゆっくりと慶介の方へと向き直った。
『御当主は……いずこ……か……』
 たどたどしい声音。
『そう……夕餉……大根……であって……明日は……だから娘が……酒の席……米が……』
「また迷い込んできたのですね」
 いつの間にか、ナグモも来ていた。
「ナグモさん、あれ……?」
「ここら辺を彷徨っている浮遊霊です。盗み食いをするぐらいで、他に悪さはしません」
 ナグモが、パンッ! と一つ柏手を打つ。
『ぬっ? ん? あぁ、ナグモ殿であるか。それと、この家の主。おっと、また盗み食いをしていたか。これは、大変すまんかった』
 鎧武者は、深くぼやけた頭を下げた後、どこへともなく姿を消した。
「……びっくりした」
「あまり知られてはいませんが、ここでは多くの人が亡くなっています」
「……合戦があった?」
「はい。彼は、高橋統増(むねます)に仕えていました。島津との戦いで果てた後、連れて行かれた高橋統増を探して彷徨っているんです」
「高橋統増? 聞いたことがないなぁ」
「調べてみると宜しいかと。面白い事実を目の当たりにできるはずです」
 ナグモは、そう意味深な言葉を残した。慶介は、もう一度鎧武者が居た場所へと視線を向けた。そこは、いつもの台所であった。


 高橋統増――インターネットで検索することで、すぐにナグモが言う『面白い事実』というものは分かってしまった。
 知らない事ばかり。生まれてこの方、ずっとこの町で生きて来たというのに。
 試しに、『あまとき』を検索してみた。もしかしたら彼女も、自分が知らないだけで有名な神なのかもしれない。そう思ったからだ。しかし、検索結果は出たものの、アマトキを示すようなものは出てこなかった。


 六月三十日。その日は、大雨だった。『バケツを引っ繰り返したような雨』という比喩に相応しい、激しい雨。仕事を終えて帰ってきた慶介は、車から家に辿り着くまでの間にずぶ濡れとなってしまった。
「ただいま」
 静まり返っている。いつも出迎えてくれるアマトキの姿がなく、一人暮らしをしていた時の頃を想起させる、寂しい玄関だった。
 アマトキは、リビングに居た。窓際に立ち、外を見ているようである。
「アマトキ?」
 アマトキが振り返る。笑みを浮かべるが、それはどこか儚げであった。
「おかえり」
「どうか……したの?」
「雨が……降っているから」
 そう残して、アマトキはリビングを出て、二階の自室へと戻って行った。階段を登って行く音だけが、静かに余韻を残す。慶介は、不思議そうにそんなアマトキの姿を追いかけるように、天井を見上げた。
 夕食の時も、居心地が悪くなるほど静かであった。誰も口を開かず、黙々と食事を済ませるのみ。その雰囲気に、慶介も言葉を発することが出来なかった。
 何かがおかしい。
 降りしきる雨は、そんな慶介の不安を重くする。
 食後、居心地の悪さに逃げるように自室へと戻った慶介であったが、十分とせずにリビングに戻って来た。
 興味半分で確認した宇美町の雨量マップがはん濫危険水位を示し、さらに携帯電話から普段聞き慣れない音が響いたからだ。
 携帯電話には、避難準備を告げるメールが届いていた。
 リビングには、ニュースを確認しているナグモと、スマートフォンをいじっている天鈿女がいた。アマトキの姿はなかった。それと、土偶の姿も。
「この雨、まずくない?」
 慶介は、いつも自分が座っている場所に座り、ナグモが見ているニュースを共に見る。テレビには、御笠川の様子が映し出されていた。かなりの水位であることが、見て取れた。
「まずいどころじゃない。猿田彦が宇美川を監視しているけど、もう時間の問題」
「そんなにヤバイ?」
「死者を出した1999年の豪雨災害を超える勢いよ。このままだと、昭和48年の筑紫豪雨も超えるかもしれない」
「筑紫豪雨?」
 また知らない歴史。
「宇美町付近で起こった集中豪雨です。川の氾濫に巻き込まれた方々の亡骸が、博多湾まで流された。そんな話が残る、大災害です」
 ナグモが答えてくれる。
 二人の深刻な顔。慶介には、事の重大さがいまいち分かっていなかった。それは、この家が水害とは無縁の場所に立っているからだった。問題の宇美川は、丘を越えた向こう側を流れている。土砂災害に関しても、崩れる山がない。被害が及ぶ事は、万に一つもなかった。
「宇美川はもたない?」
 いつのまにかアマトキが降りて来ていた。彼女の右肩には、土偶の姿もあった。
「全然もたない」
「そっか」
 アマトキも深刻な顔をしている。左胸にあてている右の拳の力の入り具合。緊迫した状況に、ようやっと慶介は何かしら嫌な予感を覚えた。
「どうするの?」
 天鈿女が、アマトキに視線だけ向ける。
「農耕の神なら、雨ぐらい止められるんじゃないの?」
「それでいいの?」
「やっぱりダメかなぁ」
 状況が全く分からない慶介。アマトキを見ると、視線に気づいた彼女は、そんな彼に困り果てた顔を浮かべて見せた。
「この雨は、私のせいかもしれないのだよ」
「この雨が? 雨は、自然災害だろう?」
「この雨は違う。霊力を帯びている。つまり、霊障だよ。誰かが雨を降らしている。だから、止まない。何か手段を講じなければ、一年だろうが十年だろうが百年だろうが降り続ける。そういう雨」
 それがアマトキと関係があるというのか。
「雨を降らせている奴は、塔ノ尾公園に居ると土偶が教えてくれた。私と無関係じゃないと思う。行かないといけないよね、やっぱり」
「今から? この雨の中? 塔ノ尾公園に?」
「うん。人が死ぬのは、嫌だから」
 それは何の冗談だ。つい最近まで、歩くこともままならなかった彼女が、この豪雨の中塔ノ尾公園に行く。それは、どう考えても自殺行為だった。
「事情はまだ分からないけど、それはアマトキがしなければならない事なのか? そもそも、どうにかできる事なのか?」
「どうにかできるかは、多分土偶が教えてくれる。私は、見て見ぬ振りをすることもできるのだけど、それはダメなの事だって、やっぱり分かっているんだ。私が、私のために、これからの私のために、私は問題を起こしている奴を見なければならない。そう、思うの」
 アマトキの決意。止められない事だと、慶介は悟った。
「車を出すよ」
「慶介……危ないよ? 死ぬかもしれないよ?」
「死にたくはないけど、行かないわけにもいかない」
 アマトキは、ナグモへと視線を向けた。ナグモは、静かに頷く。
「私がお守りします」
『ならば、アマトキは私が守ろう』
 土偶が胸を張るという不思議な仕草をする。
「そう、頑張って来てね。雨に濡れるのは御免だから、私は行かない」
「そもそも呼んでないよ」
 アマトキの言葉に、天鈿女はむっとした顔をした。
 傘を差しても意味がない程の大雨であるため、雨合羽を着用する。
「私は、雨が大っ嫌いなんだ」
 ナグモに雨合羽を着せてもらっている最中、アマトキは苦々しい表情でそう呟いた。
「雨には、いい思い出が一つもない。辛い事ばかり」
 アマトキが抱えているものの片鱗を、慶介はこの時感じていた。
 準備を終え、塔ノ尾公園へと向かう。近くまで車で行き、塔ノ尾公園に続く畦道の近くで車を降りる。本来なら、塔ノ尾公園の真下まで行けるのだが、周りが暗いため断念した。
 猛烈な雨に視界が遮られる。やはり傘は、何の役にも立っていなかった。目の前に塔ノ尾公園が見えているが、遅々として進まない。雨が、進行を妨げているようであった。
「このままじゃ……なんとかならない?」
『私は道の神。手助けしてやろう』
 土偶の体が神々しく光ると、急に雨の勢いが弱まったように感じた。実際には、雨の勢いは変わっていない。土偶が発した結界が、雨を弾いていた。
 塔ノ尾公園に続く階段に辿り着いた時に聞こえてきたのは、宇美川のうなり声。それは、確かな危機感として、心臓を鷲掴みにしてくる。
 雨水が滝のように流れている階段は、滑りやすく非常に危険。慶介とナグモは、両側からアマトキを支えて階段を登って行った。
 塔ノ尾公園に辿り着いた。普段なら歩いて五分もかからない道中が、とてつもなく長く感じた。
 降りしきる雨。公園を見渡した時、慶介は『それ』に気付いた。
 三郡山を臨む事が出来る、公園の東側に真っ黒な靄があった。靄の大きさは、子供の背丈と同じ程度。その靄の中にうっすらと見える、揺れる長い髪。
 慶介とナグモから離れて、アマトキが少しだけ前に進み出ると、靄は収束してはっきりと人の形を成した。
 黒い黒い人型。収束しきれなかった靄は、太陽から吹き出すコロナのように、人型から放たれては消えていく。
 背を向けていたその人型が振り返った時、慶介は悲鳴を上げそうになった。
 一対の青い瞳。それだけがはっきりと見えた。それは、慶介の心に根源なる恐怖を生んだ。
 虫が怖い、注射が怖い、上司が怖い――そんな怖さとは、次元が違う。
 生命として、滅びを直感する。自分は、ここで死ぬのだと、それは絶対に覆る事はない事実であることを、認知してしまう。
 死という名の生物が最初から持っている根源なる恐怖。それは、そういう類のモノであった。
「大丈夫ですか?」
 ナグモは、慶介に寄り添った。慶介は、何も答えられなかった。
「結界を張っています。アレの瘴気が、慶介様を蝕む事はありません」
「なん……?」
 慶介は、『なんだコイツは?』と言いたかったが、声はそこまでしか出なかった。
「タタリ神だよ」
 アマトキの右肩に乗っている土偶が答える。
『人の心の闇が産み落とした、人に災いを齎(もたら)す神。まぁ、それも一つの人の願いの結晶でもあるのだよ。人は、自身の幸せを願うと同時に、他者の死を願う。時には、自分の死を願う。誰もが、誰かに『死んでくれ』と思われている。それが、人の世界。そしてアレは、アマトキの気持ちを本体として、彼女に向けられたそういう願いが結晶となったもの。人はそれを『タタリ神』という』
 慶介は、半分程度しか現状を理解できなかった。
 アマトキは、目の前に居るのに、もう一つアマトキが居るという事実。それが、一番分からなかった。
『アマトキ、君は決断をしなければならない。アレをどうするのか』
「どうしたらいいの?」
『方法は三つある。問答無用で完全消滅。願えば、私が叶えてやろう。厳重に再封印する。封印方法は、母神が知っているだろう。最後の一つは、アレを受け入れる』
 黒い靄は、一言も発しない。そもそも、言葉を介するのだろうか。ただ、宝石のように輝く青い瞳だけが、じっとアマトキを見つめている。対して、アマトキは視線を逸らし続けていた。
 アマトキ。神様らしい。良く笑って、動くのが苦手で、考えるのも苦手で、時々冴えた事を言うかと思えば、やっぱり見当違いの事を言ったりもする。ただ、彼女は純真なのだと思った。屈託のない笑みには、慶介が忘れてしまった子供の頃の憧憬が、埋まっているようだった。
 同時に慶介は、『アマトキ神』を知らない。ネットにも情報がない。
 今まで一緒に生活してきたアマトキ。そんなアマトキのもう一面である、タタリ神としての『アマトキ』。人の根源的な恐怖を刺激するような劇物が、どうやってアマトキから産み落とされたのか。
 何も知らない事を、慶介はこの時知った。
『アマトキ、時間はないぞ。宇美川は、もう持たない。人が……死ぬぞ』
「私は……」
 雨は降り続ける。
 誰もがアマトキの決断を、言葉を待った。
 しかし――。
「どうして私ばかりこんな目にあわなければならないのよ!」
 アマトキの発した言葉は、ただの恨み言だった。
「私が何をしたというの?! 兄様がやれと言ったの! 皆が飛び込めと言ったの! 私に死ねと言ったの! だから、死んであげたのに、そんな私に今度は道を示せと言った! いらなくなったら、土の中に埋めた! 私が何をしたというのよ! 普通に生きて死にたかった! 受け入れる? アレは、私のものじゃない!」
 慟哭。アマトキは頭を抱えて、座り込んだ。震える彼女に、慶介は言葉をかける事が出来なかった。
『しょうがない。ならば……』
 土偶がその丸い手を黒い靄へと向けたその瞬間だった。
 雨が止んだ。
「雨が……?」
 慶介は、疑問に思いながら空を見上げた。曇天は広がっている。ただそれも、少しばかり薄くなっているように見えた。
 黒い靄はそこに居た。ただ、アマトキを見ている。アマトキだけを見ている。そしてアマトキは、視線を逸らし続ける。
『ツンデレ女神だな』
 土偶は、ぽつりとそう零していた。

 雨は、再び降りだす事はなかった。川の水位は下がり、氾濫の危険性はなくなった。梅雨の季節が続いているため、その後も雨は降ったが、川を氾濫させるほどの雨は降らなかった。
 アマトキは、何も語らずいつものようにダラダラと過ごす。慶介も、何事もなかったように接するように努めた。
 アマトキは決意して、結果決意を放棄した。逃げたのだ。それがいい事なのか、悪い事なのか。慶介には、それを判断するほどの材料がなかった。ただ、一つだけ思う。あれからというもの、普段と変わらない様子で過ごすアマトキであったが、やはり影が差しているように感じた。だから、アマトキとしてもこの結果は、良くない事だったのだろう。
 急に現れて、居ついたアマトキ。彼女の事を知らなければ、何も助言をしてあげられない。
 彼女が何を悩み、何を成したいのか。そのためには、どうあるべきなのか。
 慶介は、一歩踏み込む決意をするのだった。





 ……皆死ねばいいと……思ったのよ?





 END





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