堕天王の逝く道

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zoom RSS 空白ノ翼 第八章『過去と罪』 第一話『高倉姫子』

<<   作成日時 : 2016/05/14 19:49   >>

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空白ノ翼は、私こと堕天王が描く、長編現代ファンタジーです。
本編は、前の話を読まなくても分かるように努力して書いているため、やや説明過多な所が見受けられるかもしれません。下記の『空白ノ翼の説明書』をご覧になると、もう少し分かりやすくなるかと思います。

今までのお話については、
空白ノ翼の説明書
をご覧ください。

幕間その2の後のお話です。
橘家に所属することになった晃。挨拶回りを終えた後、専門家である高倉姫子から自分の体についての説明を受ける。そんなお話です。




   第八章『過去と罪』 第一話『高倉姫子』


 早朝、橘(たちばな)家の道場に橘椿と藤堂晃(あきら)の姿があった。椿は、この道場の持ち主である橘勝彦の孫。晃は、お盆の頃に起こった『小泉由紀子(ゆきね)の赤鬼(せっき)暴走』を引き起こした張本人である。幼少の頃、両親を本人の意思を無視した形で殺害させられた後、鬼神皇(きしんのう)に拉致され、人体実験を受けていた。そんな彼であったが、『小泉由紀子の赤鬼暴走』の後、橘家に保護され、鬼神会と決別する事となった。
「晃君、今からあなたの実力を測らせてください」
 晃は無言で頷き、木刀を正中に構えた。
 椿が、晃の実力を測ろうとしているのには理由があった。晃は、橘家に保護された後、治療を受け、自分の意思で橘家の除霊士として活動する決意をした。そんな彼の相方として選ばれたのが、椿だった。
 晃と椿は、『小泉由紀子の赤鬼暴走』の際、戦っていない。相方である以上、ある程度は実力を知っておかなければならなかった。
 椿も木刀を正中に構える。
「来なさい」
 僅かな間を置いて、晃がまっすぐに踏み込んだ。椿は、振り下ろされた木刀を軽くいなす。晃は、少し体勢を崩しつつも、体を滑らせ横凪の一撃へと繋げてくる。椿はそれを受けた。カン! という音が響く。椿がしっかりと踏み止まっていたため、晃の木刀は弾かれる。角度を変えて、今度は上段から振り下ろす。椿はそれを受けず、後ろへと下がった。
「……?」
 椿は、この時違和感を覚えていた。
 椿が間を開けたことを、晃も不気味に思い彼もまた後ろへと下がった。
「どうしたんですか?」
「ごめんなさい。もう一度、正面から来て」
「はい」
 晃は、深く腰を沈めて、跳んだ。間合いを一気に詰め、上段から木刀を振り下ろす。椿は木刀を合わせ、滑らせつつ、体を横に動かす。晃は、勢いそのまま通り過ぎてしまいそうになったので、踏ん張って椿を追うべく体の向きを変えつつ、木刀を横凪に振るう。
「……」
 カン! という音が響いて、晃の木刀が高く宙に打ち上げられた。椿が、横凪の一撃を下から打ち上げたのだ。木刀が、床に落ちる。晃は、姿勢を正して頭を下げた。
「晃君が師事していたのは、鬼神皇ですか?」
「……僕に師匠はいません」
「師匠が……いない?」
「はい」
「誰かに教わったわけではない……と?」
「そうです」
 我流だと言うのか。しかし、それはおかしい。
「武術だけ、覚えているという事ですか?」
 晃は、人体実験に使われていた薬の影響で、記憶が曖昧となっていた。そのため、晃の武術は素人同然なのではないか、椿はそう考えていた。しかし、晃の武術には明確な型が存在していた。それは、しっかりと習った事を覚えていることに他ならない。
「……?」
 晃は、小首を傾げている。
「何か、変ですか?」
「少し待って」
 晃は、何も自覚していない。
 椿は、立ち合いを思い浮かべつつ、考えを整理する。
「……晃君、あなたには部下がいたのよね?」
「はい」
「その子達にも、師匠はいないの?」
「いません」
「それで戦えるの?」
「……はい」
 質問の真意が分からず、戸惑いながら晃は答えた。
「訓練とかは?」
「あまり。任務か、研究室か、皆ほとんどそうだったと思います」
「あぁ、分かりません。どういうことなの? 意味不明です」
 椿は、天井を見上げてそう零した。
「晃君の動きは、不自然です。ちゃんとした型がありますが、それが基礎体力とかけ離れています。なんだか、とっても変なんです。なんというか、付け焼刃? とにかく、しっくりと来ないのです」
 疑問は晴れない。そのまま、三度剣を合わせた。結果としては、椿の圧勝だった。
「もしかしたら、晃君の体術は……えと、なんでしたっけ? 凄い力を出せる技みたいなのは?」
「リミッター解除ですか?」
「そう、それです。多分、リミッター解除を前提にした調整がされているのかもしれません。それはそれで理由が分からないのですが、とにかく毎日訓練をして、今の状態と体術を一致させることが大切ですね」
「分かりました。よろしくお願いいたします」
 晃の素直な姿勢に、椿も満足げな様子であった。
「ところで、もう一つ……紐みたいな……」
「阿蛇螺(あじゃら)ですか?」
「見せてもらえる?」
 晃は、右腕を胸の高さまで上げる。そこには、三本の荒縄のタトゥーが彫られていた。その荒縄のタトゥーが一本、ムクリと起き上がってゆらゆらと揺れ始める。
「触って見てもいい?」
「どうぞ」
 椿は、恐る恐る阿蛇螺に触れる。
「ざらざらしていて、本当に普通の荒縄ですね。強度は?」
「一本で耐荷重100キロ程度だと聞いています」
「それは凄いわね。刀で斬れたりします?」
「除霊士の人なら斬れると思います」
「左腕にもあるのよね?」
「はい。合計六本あります」
 晃は、椿に左腕のタトゥーも見せた。
「同時に動かせるの?」
「はい」
 晃は、一斉に阿蛇螺を解放して、それぞれ違う動きをさせてみせる。
「……絡まったりしないの?」
「大丈夫です」
「凄いわね」
 椿は、とても感心していた。

 晃との朝の訓練を終える。晃は離れに戻って行った。朝食を食べた後椿は、妹の櫻の部屋を訪れていた。
 櫻は、正確には晃の妹であり、藤堂櫻が本名。しかし、晃が両親を殺した後、橘家に引き取られ、今は書類上橘櫻、椿の妹となっている。
 彼女に、晃の武術に違和感を覚えたことを話した。
「久遠(くおん)さんに連絡を取ったりできます?」
 久遠とは、鬼神会の死大王の一人、『剣舞の久遠』のことであり、晃の世話係をしていた子である。大島に旅行に行った際、久遠と櫻がちょっとした揉め事を起こし、その後和解した。
「あの人、結構どうでもいいことをメールして来るんです。この間は、から揚げが食べたいから買って来てくれ、みたいなわけの分からないことをメールして来て。だから、たまには役にたってもらいます」
 携帯電話を操作して、メールを送る。内容は、『聞きたいことがあるから電話しても良いか?』。返事はすぐに来た。
「只今作戦行動中。昼の休憩まで待たれたし……作戦行動中にメールを返信するとか、あの人、真面目に作戦を遂行する気があるんですか?」
 櫻は、完全に呆れていた。
「あの人から連絡が来たら、聞いてみます」
「お願いするわね。でもなんだか、今まで謎の組織だった鬼神会の情報が、こんなにあっさり流出するようになるなんて、変な感じね」
「そうですね」
「では、久遠さんの事はお願いします。私は、水及様にも聞いてきます」
 櫻の部屋を後にする。水及がどこにいるのか分からなかった為、とりあえず台所へと向かった。そこには、思惑通り乎沢(やつや)の姿があった。小泉乎沢、橘家のお手伝いさんである。椿の母親である五十鈴(いすず)を、若い頃から支えてきた。ある事件をきっかけに橘家を離れていたが、『小泉由紀子の赤鬼暴走』後、戻って来た。
「水及様ですか? 自室に戻る、とおっしゃっておりましたが」
 ということで、水及の自室を訪れた。乎沢の言う通り、水及は自室にいた。タンクトップに短パンというとてもラフな格好の彼女は、見た目こそ中学生の櫻と変わらないが、とても色気があった。同性の椿も、頬を染めてしまう。
「水及様、エロイですね」
「エロエロだろう? でもなぁ、そんな事を言ってくれるのは、椿だけだよ。全く男どもは、私を恐れて目を逸らしまくる。今度、全裸で歩いてやろうか」
「やめてください。お爺様が、心労で倒れてしまいます」
「ははっ、それは愉快だな! で、何か用事があるのだろう?」
 椿は、晃の事を水及に伝えた。
「そうか。それは、確かに異な事だ。しかし、全然分からん。試しに瑠々(るる)にも聞いてみるといい。地下に居るはずだ。まぁ、どっちにしても今日の午後だろう? 専門家とか言う奴らが来るのは」
「はい。十四時に来る、と聞いています」
「まぁ、そいつらなら何か知っているだろうが……教えてくれるかどうかは、また別問題か」
「どんな人たちが来るのでしょうね」
「さぁな。勝彦の奴、今回の事は全く私にも教えんのだ」
 水及は、不服そうに唇を尖らせた。
 水及の部屋を後にして、地下に作られた臨時の研究室に赴く。コンピューターのモニターを睨んでいた、佐々木瑠々――現在の晃の主治医に、椿は話を聞いた。
「ふむ。それは、私にも分からないね。でも、理に適っている、とは言えるがね」
「理に適っている?」
「そうさ、良く考えてみな。頭真っ白になった子供を、いくら強化を施しているとはいえ、戦場に放り込んだところで使い物になんかなるもんかい。私は、ずっとそこが気がかりだったんだよ。何人もいた被験体に、どうやって戦わせていたのか。薬の影響で、すぐに頭が真っ白になるような状態で、普通に武術を学ばせても意味なんかない。なら、『何か』対策をしていたはずさ。どうやらそれは、頭が真っ白になっていても忘れない……ん〜、何か違うような気もするけど、とにかく瞬時に素人が使い物になっちゃうような技術があった、ということだろうよ」
「瞬時に素人が使い物になるような技術?」
「まるでコンピューターのようだね。何も出来ないコンピューターに、プログラムを与える事で、どのコンピューターも同じことが出来るようになる。まるで人間を人間とも思っていないね、こりゃ」
 瑠々の言葉に、椿は表情を曇らせた。

 小泉家。九州の除霊屋を治めている橘家の右腕とも言える、神道系の術式に秀でた一族。橘家の除霊士が、新規に増えた晃を含めてもたったの四人。休止中の五十鈴を含めたとしても、五人である。細々な分家も含めると、千人を超える巨大な小泉家の存在は、橘家にとってもなくてはならない存在であった。
「私が、小泉家の当主透子(とうこ)です。これからよろしくね、晃君」
 穏やかな表情で語る透子。
 椿は、新たに除霊士となった晃と共に挨拶回りをしていた。
「で、こっちが章吾(しょうご)」
「章吾です。これからよろしく」
 こちらも気さくな感じである。
 挨拶を終えた後、少しばかり世間話に花を咲かせる。それから、章吾の案内で小泉家の屋敷の奥へ案内された。
「槇美(まきび)さん、客人を連れてきました」
「は〜い。どうぞ〜」
 間延びした声が、障子の向こうから聞こえてきた。
 小泉槇美。小泉家の感応士であり、九州で最も秀でた感応士でもある。感応とは、広域に感応波を飛ばし、その範囲にある事象を観測できる力の事。除霊士にとってのレーダー的存在であり、優れた感応士を抱えているという事は、除霊屋の中のヒエラルキーに大きく影響する。つまるところ、優れた感応士がいる除霊屋は偉い、である。
「こんにちは〜、槇美です」
 ニコニコと人懐っこい笑顔で歓迎する槇美。
「可愛い男の子だと分かっていたけど、実物は本当に可愛いわね。この子、私にくれないかしら?」
「あげませんから」
 椿がにべもなく答える。
「もう、椿は相変わらず冗談も通じないのね。可愛くないわ〜」
「別に構いません。それよりも、少し太ったんじゃないですか?」
「酷いわ〜! 久しぶりに会ったのに、いきなりそんな事を言うなんて。章吾〜、椿が私をいじめますぅ〜」
「実際、最近体重増加が著しいですからね。運動してください」
「その内、あの感応士の機械席から抜けなくなるかもしれませんね」
「そこまで太ってないもの! もう、皆が意地悪します。晃君、助けて〜」
 晃は、どうしていいのか分からず、笑ってごまかす事しか出来なかった。
 終始にこやかな雰囲気だった小泉家。それに対して、次に訪れた水無月(みなづき)家の対応はとても冷ややかだった。
「お前が晃か」
 水無月家当主直久(なおひさ)が、鋭い視線を向ける。晃は、思わず唾を飲み込んだ。
「……水無月家は、橘家を守るためにある。お前が、橘家に災いをもたらした時は、私がお前を殺す。覚えておけ」
 水無月家。直久が語るように、橘家を守護する除霊屋。総勢三十二名と除霊屋としては中規模の一族であるが、彼らの諜報能力は限定的な範囲で小泉家を凌駕する。そう、彼らは橘家に災いをもたらす相手に正面から戦うのではなく、事前に摘み取る――その事に特化した一族なのだ。
「直久様は、とても熱心で真面目な方ですから、あまり気にしなくていいから」
 部屋を退室した後、椿がそうフォローした。
「その様子だと、当主に睨まれたみたいだね」
 水無月徹がやってきた。彼は、水無月家当主の三番目の子供である。年は、晃と変わらない。直久と違って、こちらは穏やかに微笑んでいた。
「晃君、水無月徹よ」
「はじめまして」
「はい、はじめ……まして。よろしくお願いします」
「よろしくね」
 徹は、終始笑顔である。ただ、晃はこの時少しばかり違和感を覚えた。徹の浮かべる笑顔は、小泉家の人たちとは違っていた――そう感じたのである。彼は、あの直久の息子。笑顔の下で何を考えているのか。
 徹に案内されたのは、巨木の根元。そこに、一人の少女がいた。七宮(ななみや)香月(かつき)。水無月家の感応士である。
「香月」
「あっ、徹様」
「今度除霊士になった藤堂晃君だよ」
 香月は、晃に深々と頭を下げる。
「七宮香月です。まだ若輩者ですが、よろしくお願いいたします」
「よろしく、お願いいたします」
 晃も頭を下げる。
「久しぶりね。この間は、お疲れ様でした」
 この間――とは、小泉由紀子の暴走事件のことである。香月はその時、メインの感応士として活躍した。
「いえいえそんなことは!」
「香月は、本当に良くしてくれているよ」
 褒められて、香月は頬を染めて身を小さくした。

 挨拶回りを終えた椿は晃と共に昼食を食べた後、櫻に呼ばれて彼女の部屋を訪れていた。
「やっぱり分からない、ということですか」
 久遠と連絡を取った結果、『分からない』と告げられた――と櫻は、椿に報告した。
「ただ、兄さんが言っていた通り、訓練をしているのを見たことはないとのことです。筋力トレーニングなんかは、していたみたいです」
「結局、これから来る専門家という人に聞いてみないといけない、ということなのね」
「ところでその専門家? というのは、どのような人なのでしょうか」
「ロストテクノロジー……今でもアニメか漫画のお話にしか思えませんね」
 晃の事になると必ず立ち塞がる『ロストテクノロジー』という壁。それがどういうものなのか、全く伝えられていない。知っているのは、勝彦だけ。あの水及にも伝えられていない。
 得体の知れない専門家が来る――という話は、二人の気持ちを重くさせるばかりであった。

 時は、十三時三十分を少し回った頃。橘家の境内を、櫻が掃き掃除をしていた。掃き掃除はついでである。今からここに来ることになっている専門家を待っていた。
 申し訳程度に石畳を掃いては、石段の方を見る。気もそぞろで、落ち着かない様子の櫻。
 橘家の境内に人がやってきたのは、それから十五分程度経ってからのことだった。
「凄い大きな穴が開いていますね。例の鬼神皇と橘勝彦様との戦いの跡ですか?」
「そうです」
 そんな話声が聞こえた。
 境内にやってきたのは、三人。少女を抱えた女性と、それに付き添う形で歩く女性。その内の一人、少女を抱えている女性の顔には見覚えがあった。
 赤鬼の暴走事件の時、橘家に所属する除霊士である沢村遙が、晃が呼び出した妖と戦った。その時、遙を援護した女性、インビシブルと呼ばれていた人物であることに櫻は気づく。
「藤堂櫻さんですね?」
 インビシブルに降ろされ、境内に立った少女はとても綺麗な声音で話しかけてきた。
「はい……そうです」
「姫、私はこれで」
「うん、ありがとう」
 インビシブルが帰って行く。
「私は、高倉姫子。こちらは、相棒のユヴァイラ。よろしくお願いいたします」
 彼女の笑みは、花が咲いたようであった。

 橘家の当主の間において。
「はじめまして。高倉姫子と言います」
 姫子が、正座をして深々と頭を垂れた。この場に居るのは、他に当主の勝彦、姫子の相棒ユヴァイラ、そして後ろに控える椿のみ。水及と櫻、晃などの姿はなかった。
「勝彦様のお話は、俊之様から聞いております。その時の御恩を少しでも返す事が出来るならば、幸いかと思っています」
 勝彦は、少しだけ困った顔をする。
「私は、大したことは出来なかったのだが……ともかく、晃の事、頼みました」
「はい。一つ確認しても宜しいですか?」
「どうぞ」
「晃様は、間違いなくロストテクノロジーの処置を施されています。故に、情報の開示の範囲については、こちらで判断しても宜しいですか?」
「構わない。私も、君たちを敵に回したいとは思っていない。君の好きなようにして構わない」
「ありがとうございます」
「椿、主治医の所に案内して差し上げろ」
「分かりました」
 後ろで控えていた椿は、姫子とユヴァイラを晃の主治医――佐々木瑠々がいる地下の診察室へと案内した。
 十五時を過ぎた頃、自室で待機していた晃は椿と共に、地下へと赴く。途中、佐々木瑠々と擦れ違う。
「私はここまでだ。何か困った事があったら、ウチに遊びに来るといい」
 瑠々は、快活な笑みを浮かべて去って行った。
「入ります」
 診察室への扉を開ける。
 元々は、座敷牢だった地下。今は、全ての柵と畳が取り除かれ、リノリウムの床と真新しい白の壁紙に覆われている。
 椿から見て左側は、医療機器が並んでいるため、完全に閉鎖されており、右側は診察台と奥にデスクと何台かのデスクトップパソコン、それとモニターが並んでいる。
 シャーカステンの光に照らされ座っている姫子は、椿の声を聴いて体の向きを変えた。
「私は、高倉姫子。初めまして、藤堂晃さん」
「は、初めまして……あの、えと……よろしく、お願いいたします」
 ユヴァイラに促され、晃と椿はパイプ椅子に腰かけた。
「これから私が少しの間ですが、藤堂さんの主治医となります。よろしくお願いします」
「はい、こちらこそ」
「先に伺いますね。自分の事、知りたいですか?」
 晃は、質問の意図が理解できなかった為、答える事が出来なかった。
「藤堂さんには、二つの選択肢があります。一つは、公開出来る情報を全て聞く。もう一つは、必要最低限の事だけ聞く」
「教えてもらえるなら、全部知りたい、です」
「そうですか。分かりました。なら、自己紹介からやり直しますね。私は、遺跡管理集団ユグドラシルに所属する、高倉姫子です。遺跡管理集団ユグドラシルは、ロストテクノロジーの管理運営を行っている団体であり、必要であればロストテクノロジーに抵触する人、物を破壊する実行部隊でもあります」
 椿の顔が強張った。
「藤堂さんは、ロストテクノロジーによって強化されていますので、本来なら私たちの手によって管理されなければなりませんが、特例として勝彦様にお預けする形で私たちは管理を手放しております。ここまで、理解できましたか?」
「……」
 晃は、無言で頷いた。椿は、はらはらとした思いで状況を見ていた。
「藤堂さんの体に使われているロストテクノロジーの事を全て話してしまうと、この特例の枠を超えてしまいます。なので、特例の枠を超えない程度に情報を絞らせて頂きます。これは、私たちがあなたの今の生活を守るためにする事なので、理解してください。納得は、しなくてもいいです」
「分かりました」
 そうして、姫子の長い話が始まった。
「最初にロストテクノロジーとは、一体何なのか? ということから説明します。およそ一万二千年前、この地球上に栄えていた文明がありました。その文明によって産み出された技術、それがロストテクノロジーです。彼らは、色々とあって滅びて今はいません。しかし、彼らが残した遺跡が各地に残っており、人がそれを手にすると大抵悪い事が起こります。そのために、遺跡を管理し運営する存在が必要となりました。それが私たち、遺跡管理集団ユグドラシルです。続いて、藤堂さんに施されている処置についてです。藤堂さんに施されている処置は、『強化技術』と呼ばれているものです。前文明の時代では、当たり前の技術で、そうですね、私たちからすると車と同じ、そういった技術でした。この『強化技術』は、人体を強化し兵器にする、というものです。これは、開発段階の技術とかではなく、完全に完成された技術であり、安価で大量生産することが可能でした。人を兵器に作り替える技術、私たちからすると倫理に反する話ですが、前文明の人たちは生物的には私たちとは別種の生き物です。意識構造……考え方が違います。難しい話ですので、分からない所は聞き流してください」
 晃と椿の難しい顔を見て、姫子はそう付け加えた。
「ここからが本題です。藤堂さんのデータを見ましたが、私の知らない技術がいくつも使われていました。そもそも、『強化技術』をそのまま使ったのであれば、藤堂さんはもうとっくに死んでいます」
「えっ? 死んでいる?」
「はい。『強化技術』によって産み出された『強化人間』の寿命は、だいたい二年程度です。しかし藤堂さんの体は、健康そのもの。下手すると、他の人よりも長生きをするかもしれません。これは、完成された技術を流用し、発展させた結果だと思います。鬼神会のドクトルGという男、掛け値なしの天才ですね。ロストテクノロジーを流用するなんて、どうかしています。話を戻しますね。つまり、私にも分からない所がある、ということです。ただ、現状分かっている範囲では、先程も言いました通り、健康そのもので日常生活には影響がないと思います。ただ戦闘行為に関しては、注意しなければならないことがあります。藤堂さんの体は、力を使う際、他者よりも多めに糖分を消費します。糖分を多く消費し、それを効率的にエネルギー変換して、結果他者に比べると飛躍的に高い身体能力を発揮できる。それが、藤堂さんの特徴です。なので糖分、とりあえず飴なんかの甘いものを必ず持っておいて下さい。低血糖は危険なので、緊急時の注射も常備しておくべきかと思います」
「とりあえず、甘いものを必ず持っておけば大丈夫……という感じでしょうか?」
「はい。私がこちらに居る間は、行動を共にさせてください。分からない事が多いので少しでもデータが欲しいこともありますし、ユヴァイラは医者です。緊急時は、役に立てると思います」
「同行するのは構いません。むしろ、お願いしたいぐらいです」
「ざっと説明しましたが、藤堂さん、大丈夫ですか?」
「……はい」
「あとで、文章にして渡します。何か、聞きたいことはありませんか?」
 晃は無言である。
「あの……」
「はい、橘さん」
「あっ、私の事は椿と呼んでください。色々と面倒なので」
「分かりました。えと、椿さん、何かありますか?」
 椿は、晃の戦闘技術が不自然であることを伝えた。
「その、何かロストテクノロジーでどうにかなるものなのかと、思いまして」
「『転写技術』というのがあります。ただ……藤堂さんには、刻印らしきものがどこにもなかったはずですが……あっ、刻印というのは、『転写技術』に必要な体に刻み込む紋様のことです。藤堂さん、どこかにそれらしきものがありますか?」
 晃は首を横に振った。
 姫子は、考え込んでしまう。
「一応、ロストテクノロジーで技術を人に刷り込む事は出来ます。これは、『強化技術』に含まれている技術なので、藤堂さんに施されていてもおかしくはありません。いくら体を強化しても、技術がなければ意味がない。体を強化し、技術を……そう、パソコンにソフトをインストールするように記憶させ、戦場で使えるようにする。ここまでが『強化技術』です。しかし、刻印がない。また、何かしらのアレンジを加えていると見るのが妥当ですね」
「あの……」
 そこで晃が口を開いた。
「鬼神皇の目的……とか」
「分かりません。ただ、藤堂さんを診る限り、行きつく先は不老不死、ぐらいでしょうか」
「不老不死?」
 そこで、姫子は大きなため息を吐いた。
「元々不老不死のような存在が、何故不老不死を目指しているかのような研究をしているのか。それとも、不老不死でさえ別の研究の過程に過ぎないのか。現状では、何とも言えません」
 こうして、藤堂晃へのムンテラは終わった。椿と晃が退室した後、姫子はオフィスチェアに身を深く沈めた。
「……まさかこれほどの天才が鬼神会にいたなんて」
「姫」
「もう少し」
「ダメ」
 少し沈黙した後、姫子は再び大きなため息を吐いた。
「分かった。休むね」
 ユヴァイラに促されて、姫子は彼女と共に地下室の入り口の隣に用意された自室へと戻って行った。

 櫻の自室にて、椿は姫子から聞いたことを彼女に説明していた。ただ椿も全てを理解していたわけではないため、その説明は足りないところだらけ。しかし、重要なのは『とりあえずは問題ない』という事実である。それは、櫻を安堵させた。
 その頃晃も、五十鈴に自分に施されている処置について話しをしていた。晃は、椿よりも本質を理解しており、五十鈴への説明も要点を抑えて無駄な事は話さなかった。
「そう、すぐにいなくなったりしない……それだけ分かっただけでも十分な事です」
 五十鈴は、儚い笑みを浮かべた。


 END

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