堕天王の逝く道

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zoom RSS 福岡県地元小説『あまとき』 第十話 『ナグモの涙』

<<   作成日時 : 2016/06/08 21:12   >>

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H28年6月8日 文章を調整したため、入れ替えました。

第九話 『妖怪大戦争風味』
一話〜九話


前回までのお話
巨大な蜘蛛に追いかけられて、建物とフェンスの間に逃げ込んだアマトキと天鈿女。蜘蛛は、天鈿女が呼び出した猿田彦が引き受けてくれたが、今度はその蜘蛛の主が二人の前に姿を現した。



登場人物

アマトキ:塔ノ尾公園で降臨した祖霊。長い髪のせいで、自立行動不能という、介護の必要な子であったが、髪を切って自力で行動することが出来るようになった。しかし、長年の介護生活のせいで、体力がない。頭もそんなには良くないが、可愛さを前面に出して、今回も無理な状況に果敢に挑む。

藤木慶介:無自覚であるが、アマトキを目覚めさせた張本人。やっと出番がもらえた。

天鈿女(あまのうずめ):八百万システムなるものに、アマトキを勧誘しに来た神様。なんだかんだで情に流されがちな彼女の不運は、この時からすでに始まっていた。

凪(なぎ):本編中に『凪』という名前は出ません。アマトキも天鈿女も猿田彦だって、別に名前があります。そう、『人間だった頃の名前』。つまり、そういうことなのです。



   第十話 『ナグモの涙』


 フェンスと建物の間に作られた巨大な蜘蛛の巣。横幅こそ、そもそも人がすれ違えるほどの幅しかない場所のためそれほど広くはないが、建物の屋上から糸が張り巡らされているため、高さは相当あった。そのため、小さなアマトキはともかく、天鈿女も完全に宙吊り状態となっていた。
 二人を宙吊りにした少女は、すらりと日本刀を鞘から抜いた。
「なんか、殺す気満々なんだけど。そもそも彼女は、何者なんだ?」
 アマトキは、天鈿女に尋ねた。
「名は、ナグモ。一種の土蜘蛛と言って分かる?」
「蜘蛛の妖?」
「本来の意味は、『大和朝廷に従わなかった豪族』のことよ。つまり、大和朝廷に滅ぼされた豪族の怨霊というわけ」
「それがなんで慶介の家に棲みついていたり、慶介を異界に引きずり込んだりするんだ?」
「そこの所は私にも分からない。目の前に本人がいるんだから、聞いてみたら?」
「という事なんで、説明を請う」
 アマトキは、刀を抜いた少女――ナグモに怯えた様子もなく、そう聞いた。そんなアマトキを、ナグモは無言で見つめ続けた。
「話すなら早くしてくれないか? 頭がクラクラする」
 顔をしかめて、アマトキはナグモを急かした。
「慶介」
 ナグモは、そうぽつりと零した。
「彼は、私の大切な人。ずっと守ってきた。あなたは、慶介を困らせた。だから、排除します」
 ナグモの視線が天鈿女へと移った。
「そこの役立たずに、穏便に事を運んでもらうつもりだったのだけど、余計に慶介を困らせる事になってしまった」
「役立たずって……」
「本当は、私の一族があなたの村に救われているから、実力行使は避けたかったのだけど。もう、色々と面倒だから排除します」
「それって、私は関係ないじゃん! 離しなさい! 私に手を出したら、天照様の神罰が下るぞ!」
 天鈿女は、必死に抗議した。それをナグモは、冷ややかに見つめていた。
「だから、なんですか? あなたは所詮端末に過ぎない。憂さ晴らしで、ついでにここで消滅してもらいます」
「憂さ晴らしって! 確かにこの体は端末だけど、痛いものは痛いんだから! 考え直しなさい! 私は、あなたに協力してあげたじゃない!」
「えぇ。でも失敗して裏切った。だから、殺します。そもそも大和朝廷に与したあなたを見逃す余地など、一片もございません」
 ナグモの瞳には、一点の曇りもない。全く隠す気もない抜身の殺意は、天鈿女にこれ以上の交渉を諦めさせるだけのものであった。
「ダメだコイツ……アマトキ、何とかならないの?」
「なんとかって……ん〜、話し合う余地とかはないの?」
「話し合いで解決できたなら、私の夫と子供が殺される事はありませんでした。人と人は、分かり合えない。いつの世も、殺るか殺られるか。それがシンプルで、正しい、人との付き合い方です。お互い化けもの同士なので、尚更です」
「そんな……いや、まぁ、確かにそうかもしれないけど」
 否定しようとして、否定できないことに気づき、言葉を濁らせた
「なんで丸め込まれちゃうのよ! 確かに人間はどうしようもない生き物かもしれないけど、私もあなたも元は人間でしょ?! 人の良さを信じられなくて、何が神よ!」
「あなたはきっと違うのよ」
 ナグモの静かな声が、天鈿女の発言を止めた。それはとても静かな言葉でありながらも、確固とした線引きを宣言する強い韻が踏まれていた。
「それに私は神じゃない。ただのモノノケ。人の恨みの残滓。所詮は、書き割りの向こう側の住人に過ぎません。そんな私にも願いがあって、夢があります。だから、邪魔をするものに容赦はしません。決めました。天鈿女、あなたから斬り捨てましょう」
 ナグモは鞘を投げ捨てると、両手で刀を持ち、体の軸を横に向けた。そして、顔だけ天鈿女に向ける。その奇怪な構えは、ある姿を思い起こさせた。
「ちょ、ちょっと待って! なんでバッターみたいな構えなの?!」
 天鈿女の突っ込み通り、それはボールを迎え撃つバッターの姿であった。
「残念ながら、私は今初めて刀を持ちます。どうやったらちゃんと斬れるのか分からないから、死ぬまで時間がかかると思いますが、ご了承とかしなくていいです」
 天鈿女の顔が一気に青ざめた。
「とりあえず、正眼に構えて! その構えはおかしいから!」
「そう? 何事もやってみないと分かりません。そうですね、とりあえず右手を狙ってみましょうか」
 ナグモは、あくまでバッターの構えで、じりじりと寄ってくる。
「アマトキ、なんとか説得できないの?!」
「説得と言うけど……そうだ! 猿田彦は呼び戻せないのか?」
 アマトキには、ナグモを説得する術が正直なかった。
「遠くに行って分からない! あぁ! そうか! 最初から猿田彦を呼び出させるのが目的だったのか!」
「今頃気付いたのですか?」
 ナグモは、あっさりと認めた。
「では、バッター振りかぶって……」
 それから彼女は、左足を少し浮かせた。
「アンタ、分かってやっているじゃない!」
 天鈿女の切実な叫び声。その声を切り裂くように、ヒュンという空気を切る音が響いた。次の瞬間、アマトキの右足に絡んでいた白い糸が千切れる。二度、三度と音は立て続けに鳴り、アマトキと天鈿女を蜘蛛の巣から解放した。
 解放された二人は、そのまま落下して、何度目かの無様な悲鳴を上げた。
「顔の骨が、そろそろ割れるんじゃないかしら……」
「私の貴重な脳細胞が枯渇しちゃう」
 天鈿女は両手で顔を挟み、アマトキは赤く腫れた額を擦っていた。
「そこまでだ」
 凛とした声は、ナグモの背後に居た女性が発したものであった。
 女性は、長い髪を後頭部付近で結っており、着物は左肩を露出させその下のサラシが晒されていた。矢を番(つが)えた弓を構え、銀に輝く鏃(やじり)はナグモへと向けられている。
「他人の領域に土足で踏み込んでくるなんて、関心致しかねますね」
「誰が来たかと思ったら、母神じゃない……」
「まぁ、その内来るとは思っていたよ」
 冷ややかな反応を示すナグモ。落胆している天鈿女とこちらも冷静な反応のアマトキ。ナグモはともかく、助けられた二人さえも、女性の登場を喜んでいるようではなかった。
「約束を違えたのは、お前の方であろう。それに、アマトキは私の大切な友人だ」
「そうですか。仕方ないですね」
 ナグモは刀を投げ捨てると、高く宙を舞った。その素早さは、アマトキや天鈿女には忽然と消えた、と思わせるほどのものであった。
「ブチ殺します」
「ふん、上等!」
 ナグモと女性の戦いの火蓋が切られた。そしてアマトキと天鈿女は、巻き添えを避けるため、建物の奥へと逃げ込むのであった。

 運動場には、幾重もの黒い柱が林立していた。ナグモが構築した柱である。その柱には、蜘蛛の糸が幾重にも巻き付いており、黒い柱に囲まれた場所を、複雑な迷宮へと変貌させていた。
 迷宮の中央には、母神。ナグモは、背中から四対の蜘蛛の足を具現化させており、それらを駆使して、自由自在に縦横無尽に移動している。
 母神は、ナグモの爪による攻撃を避けつつ、矢を放ち続ける。しかし、それらはどれもナグモにはかすりもしなかった。傍目から見ると、ナグモが圧倒的な優位に見えた。
 ナグモの攻撃に誘導され、母神は遂に蜘蛛の糸に絡め取られてしまった。そんな母神を、ナグモは背後から攻めた。
 しかし――。
「私の矢は、決して外れない」
 ナグモの左肩に、背後から飛んできた一本の矢が突き刺さった。
 驚愕するナグモ。そんな彼女に、四方八方から飛来してきた矢が次々に突き刺さる。
「これで終わりだ。ナギ」
 蜘蛛の巣を振り払った母神が、剣を抜き放ち、ナグモを左から斜めに切り裂いた。

 学校だった場所は、小さな寺の姿に変わってしまった。すでに廃棄された寺のようで、建物全体がすでに穴だらけである。その寺の中では、大の字に転がっているナグモ、頭を抱えてうずくまっているアマトキと天鈿女、それから眠っている慶介を抱える、母神が立っていた。
「また負けてしまいました」
 ぽつりと零した彼女の姿は、先程と違って少し年を経た姿、二十歳前後の姿見となっており、服装も黒を基軸とした洋服となっていた。
「まったく、手間をかけさせる」
 母神は大きな嘆息を吐いた。
「あれ? 終わったっぽい?」
「終わったみたいね」
 アマトキと天鈿女が、背景の変化に気付いて周りをキョロキョロと仲良く見渡している。
「さて……」
 母神のその一言を聞いた瞬間、アマトキは弾けるように動き、ナグモと母神の間に割って入った。
「待て、母神!」
 ナグモは少しだけ体を起こして、そんなアマトキの背を驚きつつ見つめていた。
「久しぶりだな。息災そうで、嬉しいぞ」
「私の事なんてどうでもいいのだ。ここで手を引いてくれ」
「そういうわけにもいかないのだよ。しかし、騒動の原因となったそやつを、何故庇う?」
「大切な人を守るために身を挺した彼女を、責める気など最初からない」
「アマトキは、変わらぬな。そっか、アマトキにとっては私に封印されたのも、本当に昨日の出来事のようなものか」
「だから、私の事はどうでもいいと言っている」
「どうでもは、良くないぞ。アマトキが決めなさい」
「私が……決める……?」
 突然の事に、アマトキは目を瞬かせた。
「そう、鬼道で得た託宣に従い、誰かのための決定を下してきたそなたが、自分のためにナグモをどうするのか、決めるのだ。自分で決めるのだ」
 アマトキは、背後のナグモに視線を向けた。ナグモは、じっとアマトキを見つめている。
「……決めた」
 アマトキは、改めて母神を正面から見据えた。
「私は、ナグモと在る」
「そうか。分かった。ナグモ、お前の契約から藤木慶介への絶対不干渉の項目を破棄する。慶介の記憶は、私が調整しておく。後は、好きにするといい」
 母神は、最後に柔らかい笑みを浮かべたかと思うと、ぱっと慶介と共にその場から消えた。現実世界に戻ったのだ。
「疲れた」
 ぺたりとアマトキは座り込んだ。
「本当に疲れた」
 もう一度、アマトキはそう繰り返した。
「これで良かったの?」
 ずっと黙っていた天鈿女は、ナグモを一瞥しつつアマトキに尋ねた。
「いい。すっきりした」
「そう。じゃ、これからは共同生活ね。その前に、何か私たちに言う事はないの?」
 その言葉は、ナグモへと向けられていた。ナグモは、すぐには口を開かなかった。アマトキを見て、天鈿女を見て、それでも黙ったまま。
「ないの?」
 天鈿女が、少しいらつきながら促した。
「……アマトキ様。あのような不埒な真似をした私に対して、寛大な心配り……」
「別にいいよ。それと、そんなに畏まらなくていいから。様付もいらないよ」
「この恩は、必ずお返しします」
 ナグモは深々と頭を下げた。それから、ナグモは天鈿女へと視線を向けた。
「この能無し」
「……上等よ! 息の根を止めてあげるわ!」
 天鈿女はナグモの胸倉を掴みあげ、ナグモは淡々と怒る天鈿女を見据えていた。しかし、二人の一触即発の空気に、アマトキは全くあてられていなかった。
「寝る」
 アマトキは、ぱたりとその場で横になってしまった。天鈿女は、そんなアマトキに視線を移した。全く起き上がる気配がない。途端に馬鹿らしくなった天鈿女は、ナグモを突き飛ばした。
「先に戻っている」
 それだけを残して、天鈿女の姿も忽然と消えた。残されたナグモは、アマトキの傍へと寄り、その寝顔を体を屈めて窺った。規則的な呼吸が見て取れる。本当に寝入ってしまったようだ。
「ありがとう」
 ナグモは、右の人差し指で、アマトキの額にかかっていた髪を掬った。その時ナグモの瞳から、一滴だけ涙が零れた。



 私は……ナグモ。
 アマトキと共に在ることにしました。






 エピソード


 次の日の朝。朝食を摂るため居間へと降りた慶介は、ぼんやりと朝のニュースを眺めているアマトキに『おはよう』と声をかけた。
「ん、おはよう〜」
 アマトキは、間延びした声で答えた。相変わらずのジャージ姿。髪がきちんと整えてある事から、起き抜けではないようだ。
「意外と早起きなんだ」
 今は、七時を少し過ぎた頃である。
「早起きが習慣になっているからね」
「それは、いい習慣だ」
 そう話しをしていると、台所からナグモが姿を見せた。
「おはようございます」
「あっ、おはようございます」
 ナグモの丁寧な挨拶に、慶介も丁寧に返した。
「すぐに珈琲を淹れますね」
「ありがとうございます」
 ナグモが再び台所へと戻っていく。
「今日は仕事?」
 アマトキがテレビの前に座っているので、慶介はテーブルを挟んで反対側に座った。
「今日は日勤。何もなければ、十七時に帰って来るよ」
「そっか」
「多分、午前中にこの間頼んだ服も来るはずだから、ナグモさんに見てもらえ」
「服! やった! 楽しみ!」
 アマトキは、目をキラキラさせていた。
 そんな折、庭に続いている窓がカラカラと音を立てて開いた。のっそりとした様子で姿を現したのは、天鈿女であった。
「おはよう」
 眠たそうに挨拶をする天鈿女。その姿を見て、アマトキと慶介は唖然としていた。
「なに?」
 不審そうに天鈿女が二人を見ている。
「こ、コスプレ?」
「朝から絶好調だな」
 天鈿女は、淡い紺色のブレザータイプの制服を身に纏っていた。スカートもしっかりと短い。
「コスプレじゃない! 私は、高校生!」
「えっ〜、神様なのに高校生? 嘘だぁ〜」
「私だって、別に行きたくて行っているわけじゃないんだから。天照様の命令だから、仕方ないの」
「ますますわけが分からない」
 慶介は難しい顔をしていた。
「ナグモ〜、珈琲。甘い奴」
「スティックコーヒーなら、テーブルの上にあるでしょ?」
「ついでだからいいでしょ? お願いね〜」
 天鈿女は、手をひらひらさせながら珈琲を注ぎ分けていたナグモにそう言い放った。
 その直後の事である。
「秘技卓袱台(ちゃぶだい)返し!」
 アマトキがそんな事を言いながら、天鈿女のスカートを下から上へと捲り上げた。
「なっ?! こ、このガキ!」
「一応白なのか。面白みがない」
「絞め殺す!」
「ぐにゃ!」
 逃げ出そうとしたアマトキであったが、そもそも運動が苦手な彼女が逃げられるはずはなく、あっさりと捕まって天鈿女に締め上げられてしまう。
「アマトキに対する無礼は許しませんよ」
「うぐっ!」
 そんな天鈿女を、今度はナグモが締め上げた。
 三人で朝からガヤガヤととても騒々しい。慶介は、関わりになるまいと素知らぬ顔で、テレビを見つめ続けた。
「慶介! さっき見たパンツ代は後で請求するからね!」
 天鈿女がそんな物騒な事を言ってきたが、聞こえていない振りに徹した。

 人間一人と神様二柱と妖一匹。
 混迷甚だしい、奇妙な共同生活は始まったばかりである。


 私は、アマトキ。
 結果的には、これで良かったと思う。


 END

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