堕天王の逝く道

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zoom RSS 幽世喫茶偽典『そんな感じで、チョコチョコなお話』

<<   作成日時 : 2013/02/27 09:46   >>

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幽世喫茶については、目録で確認してください。

今回の『偽典』は、いわゆる外伝です。本来の時間軸を気にしていたら、色々と制約が多すぎるため、本編の方とは切り離した時間軸、パラレルワールドを作りました。
偽典では、季節や行事に合わせた作品を書いて行こうと思っています。今の所、続けられるかどうかは分からない所ですが、とりあえず『バレンタイン』をテーマに一つ書けたので、公開することにしました。

という事で、幽世喫茶偽典第一作です。




   『そんな感じで、チョコチョコなお話』

 それは、二月十三日の夜から始まった。
 幽世(かくりよ)喫茶。山の中腹に店を構える、風変わりな喫茶店。そこには、裏メニューが存在する。それが、『幽世珈琲』。記憶の復元を可能としていると思われる、幽世喫茶のマスター乙衣(おとぎぬ)兎渡子(ととこ)が生成する、不思議な飲み物である。『思われる』と曖昧なのは、その効果が兎渡子自身にもまだはっきり分かっていないからである。
 その兎渡子は、アニメやゲームを好み、趣味で小説を書く、ヒキコモリ属性の独身女性。店は主に兎渡子の持ち物であるマイセンカップの付喪神(つくもがみ)であるマイが、切り盛りしている状況である。
 ここ最近、なおさら兎渡子が部屋に閉じこもりっきり。今日も客があまり来ない事をいい事に、二階の自室からほとんど出て来ていなかった。
「マスター、入ります」
 十九時を過ぎた頃、マイは兎渡子の自室を訪れた。兎渡子は、椅子の上に胡坐(あぐら)を掻いてパソコンに向かっており、マウスを操作し、時々キーボードを激しく指で叩いている。
「ん? ご飯? 今日は、九時ぐらいにしてくれない? 今、ちょっと忙しい」
 一瞥もくれない兎渡子。マイは、呆れた表情で溜息を一つ吐いた。
「いえ、明日はバレンタインなので」
「それがどうしたの? ちっ! コイツ、ヒール遅い!」
 何やらモニターに向かって悪態を吐いている。
「日頃お世話になっている方々に、チョコレートを配りませんか?」
「ゴメン、興味ない。そのバレンタインのイベントで、こっちは大変なのよ。ドロップに特殊なアイテムが追加されてね、集めたらレアなアバターがもらえるの。これを集めて転売して、資金を集めておかないと、次のレベル帯の装備が揃えられない。あのヒキコモリの真祖であるひふみに、これ以上離されるわけにはいかないのよ」
 ひふみとは、かつて兎渡子がお世話になっていた春野家が抱えている感応士、春野ひふみのことである。何を持って『真祖』なのかは分からないが、きっとその場のノリなんだろう。ひふみは、『感応士』であるが故に、外出を禁じられている。それだけ、『感応』という能力は特殊なのである。ひふみは、兎渡子と違って自主的に引き籠っているわけではない。
 兎渡子の言い分は、マイにはさっぱり。マイは、兎渡子の趣味に興味を示していないからだ。
 マイの視線が、自分の足元に向けられる。正確には、やや外側。そこにはコンセントがあった。二つあるうちの上だけに、プラグが刺さっている。それは、全てを統括するOAタップに繋がっていた。
 マイはそのコンセントの傍で体を丸めて座り、プラグを掴む。そして、躊躇いもなく引っこ抜いた。
「すいません、足が引っかかりました」
 そんな棒読みの台詞を口にしてから立ち上がる。電源を失ったパソコンが、暗転。全ての機器が一斉に止まる。
「ふにゃ!」
 兎渡子は、猫が踏み潰されたかのような不思議な悲鳴を上げた後、凄い勢いでマイの方に体を向けた。
「なんてことをしてくれるのよ!」
「チョコレート、作りましょう」
 マイは、満面の笑顔であったが、有無を言わさない迫力があった。兎渡子は直感的に、危機を覚えた。命の危機ではない。このままだと、自分のパソコンが何かしらの被害が出る事とになる――それは、確信に似た直感であった。
「……はい」
 兎渡子は、体を小さくしてそう答えた。

 兎渡子は、イメージ的に料理が出来なさそうであるが、喫茶店のメニューは七割程度兎渡子が作っていた。マイが準備だけはしてくれていたので、マイと共にチョコレート作りを始める。形や量は、それぞれ均等に。今回は特別なチョコレートを作っているわけではないからだ。最近の言葉で表すなら、『世話チョコ』に分類されるため、それに差異があっては逆に失礼になってしまう。
 滞りなく完成し、次の朝を向ける。
 バレンタイン当日の朝。早速そのチョコを配りに出かけた。まずは最も近い場所から。足を運んだ先は、厄(やく)神社。妖(あやかし)であるタカの居城である。彼は大抵朽ちた神社を左側に回った、側面の軒先に居る。案の定彼は、いつものように襤褸(ぼろ)の着物を身に纏い、ぼっさぼさの髪の狭間から、珍しく晴れた青い空を見上げていた。そこに伴う雰囲気は、哀愁が近いか。彼にはいつもどこか、侘しさが付きまとう。
「タカ」
 兎渡子が呼ぶと、タカはゆっくりと視線を兎渡子の方に向けた。柔らかく笑った彼は、地面に降り、兎渡子の傍へとやってくる。
「どうした? 散歩か? 今日はとても気持ちがいい天気だ」
「はい、バレンタインのチョコ」
 兎渡子は、手の平に収まる小さな箱をタカに差し出した。タカはぼんやりとそれを眺め、それから受け取った。不思議そうな顔をしている。
「あっ、タカはこういうこと知らないんだ」
「いや、純粋に驚いているだけだ。このような哀れに朽ちた私が、チョコを貰う事になるとは、想定もしていなかった」
 そう語る中でも彼は、その手の平に乗った小さな箱から目を離さない。
「こんな上等で、心のこもった供物を貰えるとは……!」
 彼の感動の度合いに、さすがに兎渡子も戸惑う。
「いや、そこまで大したものじゃないから」
「ちなみにこれは、なにチョコであるか?」
 意外と俗っぽいことを知っている妖である。
「世話チョコよ。いつもお世話になっているから、その事に対して感謝の意を込めて」
「そうか。ところで兎渡子殿は、本命を配る相手はいるのか?」
「えっ? い、いや、別にいないけどさ」
 すると、タカは一歩兎渡子へと迫って来た。その表情はいつになく真剣。兎渡子は思わず、少しばかり身をのけぞらせた。
「兎渡子殿、今回の供物確かに嬉しく思うが、もう兎渡子殿も良いお年のはず。子孫繁栄のためにも、このような些末な事に心を配っている場合ではない!」
 どうやらタカの中にある、変な世話焼きスイッチが入ってしまったようだ。兎渡子には、親戚との付き合いがない。母親は、日本以外の国でトレジャーハンターに夢中である。恋人やら結婚やら、それらに付きまとう世間体やらのお話とは、実に無縁な生活を送って来た。まさか、こんな所にその芽があったとは。そういう話に、そもそも免疫がなかった兎渡子は、一気に顔を赤くした。
「ど、どうしてそう言う話になるのよ! もう、私帰るから! じゃ、またね!」
 そそくさと退散。タカは名残惜しそうに『あっ』と言ったが、兎渡子はすぐにいなくなってしまった。
「これが、世に言う晩婚化か」
 タカは、しみじみとそんな事を呟いていた。

 兎渡子は次に山を降りて、オセロットの住まいを訪れた。元々は、世界を滅ぼした破壊神であるオセロット。兎渡子の幽世珈琲を飲用したことで、何故か農業戦士として生まれ変わってしまった。そんな彼は、農家を営む斉藤さん――老夫婦で暮らしている、の認識を操作し、孫として滞在している。洗脳や催眠は、神の得意分野である。これがなければ、彼らだってその力の糧となる信仰を得られない。オセロットの場合は、信仰と言うよりかは、認知度――有名税のようなもので、現在の姿を保っていた。
 斉藤さん宅は、古い木造家屋である。元々地主なのだろう、家はかなり大きい。兎渡子を出迎えてくれたのは祖母の方で、柔和な笑みを浮かべて、兎渡子を居間に通してくれた。居間は、こぢんまりとした印象である。真ん中に炬燵(こたつ)があって、大きなテレビがある。こういう場所では必ずお目にかかる、木彫りの熊さんやら張子の虎やら。日本人の望郷を刺激する、暖かい部屋である。
 石油ストーブがカタカタと小刻みに音を奏で、その鉄板の上にヤカンが乗っており、湯気がモクモク。部屋に入った瞬間、耳の先までくっと暖かくなる。そんな部屋に居ながらも、土のような色の髪の少年オセロットは、炬燵と一体化を目論んでいるのではなかろうか、そんな勢いで炬燵に潜り込んでいた。両手両足を炬燵の中に入れ、顎をテーブルの上に乗せている。
「兎渡子か……寒いなぁ……寒すぎて……もう駄目だ。我は死ぬ」
 兎渡子は、呆れた顔をしていた。炬燵には入らず、オセロットの近くで両膝を接地した。
「相変わらず、寒さに弱いのね」
 オセロットの原典は、アステカ文明であり、場所で言うとメキシコである。温暖な地域出身の彼には、日本の冬は寒すぎるようである。
「はい、これ」
 兎渡子は、オセロットの前に小さな箱を置く。オセロットはそれを見て、目を輝かせた。
「おぉー! これは、チョコか! そうかそうか、結婚するか!」
「いや、しないし」
 兎渡子の返答は早かった。
「世話チョコです」
「それは残念。しかし、これは思いのほか嬉しいなぁ。まさか人を辞めて幾世、遠い異国の地でかようなものを頂こうとはな。兎渡子には、感謝するべき事が多すぎる」
 褒めちぎられて、兎渡子は顔を赤くする。両手を両膝で挟み、身を捩った。
「と、とにかく渡したからね」
「ところで兎渡子よ……」
 びくっ兎渡子は体を震わせる。
「ちょ、もうそういう話はいいから! じゃ、またね!」
 タカのように、また本命うんぬんの話になるのではないか、そう思った兎渡子は、そそくさと帰って行った。オセロットは不思議そうな顔で、それを見送った。
「……今度、一緒に映画でも行こうかと、思っただけなのだがな。まぁ、それはそれとして」
 オセロットは炬燵から出ると、兎渡子がもらった小さな箱を手にして、廊下へと出た。
「婆ちゃん! 俺、チョコをもらった!」
 意気揚々と、祖母に自慢するオセロットであった。

 続いてバスに乗って、麓の町に降りる。兎渡子が向かったのは、春野家である。除霊屋である春野家。除霊屋とは、『この世の理(ことわり)から外れしモノたちを調整する者達』を指す。ようは、妖や幽霊を殴ってなんぼのお仕事。昔、兎渡子はこの春野家に属していた。そして今でも、その頃仲の良かった人が春野家には居る。
 春野家から少し離れた場所。そこに小さなタバコ屋がある。今は、時代が時代なだけに、タバコ屋自体は廃業している。今そこにあるのは、締められたシャッターと自動販売機だけ。そこに小さなポストがあり、兎渡子はその傍に立っていた。
 メールで連絡してから、十分も経過していないであろう。連絡をした相手、春野蓮華が走ってやってきた。蓮華は、兎渡子の幼馴染である。
「急に呼び出しやがって。ここまで来ているなら、本家まで来ればいいだろう?」
「いやよ。今さらどの面下げて、敷居を跨げと言うのよ」
「……そんなこと気にしなくてもいいのに」
 困った顔の蓮華。そんな蓮華に、兎渡子は小さな箱を突きだした。ぶっきら棒に、顔を背けて。両手を合わせて受け皿を作る蓮華。兎渡子はその受け皿の上に、小さな箱をぽんと落とした。
「はい、チョコレート。幽世喫茶を日頃からご愛顧頂いている、お礼です」
 自分から、と言われないのは照れである。蓮華はしばらく小さな箱を見つめていた。状況を必死に理解しようとしているのだろう。蓮華の脳は、現在高速演算中。そして、答えを導き出したその時、蓮華は急に涙を流した。
「兎渡子が……兎渡子が……私に……チョコを……うわぁーーん! もう私死んでもいい!」
 大声で喚く蓮華に、兎渡子の方が慌てる。近くに民家があまりないとはいえ、往来で喚かれるのは、正直色んな意味で辛い。
「はいはい、分かったから。とりあえず、大きな声を出さないで」
 蓮華との付き合いが長いため、すぐに落ち着きを取り戻して対応する。こういう時の蓮華は、とにもかくにもなだめすかすしかない。
 なんとかかんとか落ち着かせて、もう一個小さな箱を渡す。こっちは、春野ひふみに渡してもらう分である。兎渡子は泣いてしがみ付いて離さない蓮華に、なんとか家に帰ってもらった後、幽世喫茶へと戻って来た。
「お帰りなさい、マスター。どうでしたか?」
 留守番をしていたマイが、戦果を訪ねてくる。
「皆、喜んでくれた」
「良かったですね」
 マイは、実に嬉しそうに笑った。そんなマイに、兎渡子は今までと違う箱――取っ手が付いた箱をマイの前にかざした。
「これ、お土産。いつもお世話になっているから。マイがこよなく愛す、ショートケーキです」
 ぱっと表情を明るくさせるマイ。その様子を観ていると、幾世にも渡って存在をし続けた、古きモノであるということを忘れてしまう。純粋無垢な、ぱっと咲く笑顔である。
「こんな私にまで……」
「いつもありがとう」
 マイは箱を受け取ると、ポロポロと泣いた。付喪神とは、時を経た『道具』に宿る神。その本質は、どこまでも『道具』である。故に、人に使われたり、頼られたり、時には感謝されたりすることに対して、最上の喜びを見出す。マイは、付喪神として最高の瞬間を今過ごしていた。
「私、いつまでもマスターのお傍にいます!」
 兎渡子は、抱き付いてきたマイの頭を撫でた。さらさらと柔らかい髪。兎渡子はそんなマイの髪を、慈しみを持って梳かすのであった。

 日が随分と陰った頃、兎渡子の姿はとある病院の病室にあった。小さな個室。ベッドは一つだけ。そのベッドに眠る女性の名前は、乙衣烏華(うか)。兎渡子のたった一人の姉である。
「姉さん、今日はチョコを作って来たの」
 枕元に、小さな箱を置く。姉は目覚めない。そう、何をしても目覚めないのだ。この病気に名前なんてない。体の病ではないからだ。
「たくさんの人に感謝されて、嬉しかった。マイには、感謝しないと。姉さん、来年は姉さんと一緒に作りたい。だから、早く目を覚まして」
 それが途方もない願いだという事は、認知している。それでも、願わないと心が折れてしまう。いつか目を覚まして、共に過ごす日々に思いを馳せ、兎渡子は姉の横顔を見つめ続けた。

 ここは幽世喫茶。
 そんなチョコチョコなお話があるお店。

 END

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