堕天王の逝く道

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zoom RSS 空白ノ翼第七章『覚醒予兆』 第五話『トラウマスイッチ』 その1

<<   作成日時 : 2012/12/24 19:45   >>

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空白ノ翼は、私こと堕天王が描く、長編現代ファンタジーです。
本編は、前の話を読まなくても分かるように努力して書いているため、やや説明過多な所が見受けられるかもしれません。下記の『空白ノ翼の説明書』をご覧になると、もう少し分かりやすくなるかと思います。

空白ノ翼については、
空白ノ翼の説明書
をご覧ください。

第七章の第五話その1です。また、収まらなかった。
第四話では、由紀子の問題が解決となりました。今回は、橘家に保護されている阿蛇螺使いの晃こと、藤堂晃とその妹の櫻のお話です。
両親を殺害して逃亡した晃。十年の時を経て再会した櫻は、十年前の真相と共に晃の現状も知る事となる。それでも復讐を果たすのか、それとも別の道を選ぶのか。

空白ノ翼第七章『覚醒予兆』
第一話『沙夜の友達』
第二話『覚醒予兆前編』 その1 その2
第三話『覚醒予兆後編』 その1 その2
第四話『由紀子は雪子だけど、由紀子が茜だった?』

関連が深い話は、そのまんま第七章の第二話〜第四話です。後、一話で第七章終わり。七章の後は、ちょっとした小話が入ります。そして、第八章から新展開――です。

では、本編です。



   第五話『トラウマスイッチ』


 晃(あきら)が橘(たちばな)家の手に落ちたと聞いた久遠(くおん)は、研究室にいる瑠璃葉(るりは)の下を訪れていた。
「どういうことなんですか?!」
 最初から、食いかかる――いや、食い殺す勢いの久遠に、瑠璃葉もタジタジ。両手で迫ってくる久遠を押し返す。
「いや、その、どういうこととか、私も分かんないし。ただ、晃が橘家に捕まってしまったというのだけは、確定情報みたいで、他は分かんないよ」
「そんな、鬼神皇(きしんのう)様も居たのに! 二人が揃っていて、作戦に失敗するとか、ありえない!」
「再放流しただけの話だと思いますわ」
 急に割り込んできた声。部屋の入り口に、ルベリアの姿があった。久遠はそんな彼女を怪訝(けげん)そうな顔で迎える。
「再放流?」
「作戦が失敗。失敗? 鬼神皇様なら、相手が例え橘家であったとしても、後れを取る事なんて考えられない。なら、晃が橘家に保護されたことによって、作戦は成功した、という事なのかもしれない」
「わざと、晃を敵に捕まえさせた、と?」
「捕まえる? 捕まえるね」
「さっきから、なにその言い回し! 馬鹿にしているの?!」
 久遠の怒りが彼女の霊力を高ぶらせる。霊力は放電現象と似たような光を伴い、彼女の長い髪を舞い上がらせる。一方ルベリアは、表情を全く変えることなく淡々としていた。
「ルベリア、何か知っているなら早く教えて。ここで暴れられると、貴重なデータがダメになってしまう」
「鬼神会において、私と久遠だけは特別よ。特別というよりかは、区分けが違うというべきかしら」
「その区分けというのは、前人類と現人類の区分け?」
「晃は、あなたとは違う。晃は特別な被験体だけど、被験体なのよ。他の子供達と同じ」
「そんなことは……知っている」
 久遠は、少しだけ悲しそうにしながらそう返した。
「ならば、彼には帰るべき場所がある。本来、彼がいるべき場所。鬼神会に歪められなければ、普通の子供として両親と共に暮らしていた場所。それが、櫻(さくら)町。今回の作戦が行われた場所よ。そして、橘家には晃の妹がいる。本当の血を分けた、世界でたった一人だけの肉親。だから、『捕まる』は不正解。『保護された』が正解。さらに言えば、『保護させた』が大正解」
「晃を……返した……ってこと?」
「それも作戦の一環。これも話しておいていいと言われたから、話してあげる。晃はね、人でありながら神を殺せる存在として調整され続けてきた。鬼神会での調整はすでに終わっているの。後は、人が人であるが故(ゆえ)の強さ、というのを手に入れなければならない。それがなんなのかは、私には到底考えが及ばないけど、鬼神皇様はそういうものがあると信じ、彼を橘家に託した。つまり、鬼神会という水槽から回収して、橘家という水槽に再放流した、という話なのよ」
 困惑する久遠。晃にはずっと傍にいて欲しい。しかし、晃は久遠と違って帰る場所がある。頭でそれは分かっていても、心が納得できない。心が――受け付けない。
「久遠は、折角再会した兄と妹の間を、再び引き裂くつもり? 鬼神皇様の思惑はどうであれ、これで良かったのよ」
 ルベリアの駄目だし。久遠は耐えられなくなって、ルベリアを押しのけて部屋から出て行った。その後ろ姿を見つめるルベリアの瞳は、寂しげな色に揺れていた。
「ねぇ、瑠璃葉さん。人であるが故の強さって、どういうものかしら? 前文明人であり、ただの戦闘兵器に過ぎない私にも、分かる事なのかしら?」
「……それは、ただのクローンに過ぎない私への嫌味?」
 瑠璃葉は、ルベリアに背を向けて、コンソールを叩きだした。ルベリアは、伝わらなかった思いを苦笑という形で表情に浮かべていた。

 8月14日 朝
「いいから寝なさい」
 小泉由紀子(ゆきね)の赤鬼(せっき)暴走の後、当主勝彦(かつひこ)からそう言われて、とりあえず横にはなったものの、一睡もできないまま朝を迎えた。鳥の囀(さえず)りと、差し込んでくるまだ柔らかさのある陽光。櫻は廊下に出て、雲一つない青い空を見上げていた。
 十年前まで、櫻は一般人だった。両親と兄と一緒に、他の子と変わらない生活をしていた。兄が小学生に上がったことで、バタバタとしていた事もあったが、それはきっと幸せな日々であった。
 終わりは突然に。一夜で全てを失った。兄である藤堂(とうどう)晃が、両親を殺害して、彼女の額にも消えない傷を負わせた。医者曰(いわ)く、『頭蓋骨で滑って、脳に至らなかった』との事。運が悪ければ、櫻もあの場所で死んでいた。かといって、生き残ったことが良かった事なのか。櫻は、今でもその答えから逃げている。
 全てを失った櫻は、橘家の養女となった。親戚の家――父親の兄から引き取る話が出ていたが、事の重大さを認知して、橘家に託したとのこと。櫻は、その辺りの事情には興味がなかったため、詳しくは知らない。
 年端もいかない櫻には、とてもではないが、事実を受け止めることなんて出来なかった。しばらくは、橘家に捨てられないようにと、コバンザメのように寄生して生きて来た。何年も経過し、小学生になり、家庭参観や運動会などの家族が参加する行事が経過する度に、心が軋んだ。何故、自分には両親がいないのか。そして、思い出す。それは奪われてしまったのだ――と。誰に? 他の誰でもない、実の兄――だ。その事実を受け止めた時に、櫻は明確な目標を得た。
 両親の仇である、兄を殺す。
 それは、櫻の唯一のアイデンティティとなった。そして、今に至っている。
 櫻の心の中は、虚ろだった。兄を殺すという目標を得て、我武者羅(がむしゃら)に強さを求め、さらに周りを利用してきた。遂にそれを果たす機会が巡って来たというのに、結局はその機会を叩き潰されてしまう。水及(みなの)が、保護するよう命令したからだ。
 水及は、現在寄生しているこの橘家の後継人と言う立場。まさに暴君。彼女の悪事は、数え知れず。まつろわぬ神の代表――などと呼ばれているほどの、一種のタタリ神である。その実力は、周りが恐れているだけの事はあり、櫻が師として仰ぐ勝彦を圧倒する。とてもではないが、勝てる相手ではない。その水及に保護された兄。現在は、橘家の地下牢に入れられている。近くにいるのに、とてもではないが手を出す事が出来ない。
 目標達成は不可能――それが、今の所の揺るぎのない現実だった。その現実は、あっさりと受け入れられた。その理由は分からない。今は、そんな事を悩む気にもならない。ひたすらに諦観(ていかん)。茫然自失。何をしたらいいのか分からない。
 部屋に戻った櫻は、やるべき事を得る事となった。小泉由紀子の赤鬼暴走には、突然巻き込まれた。そのため、まともな武器を持っていなかったが、途中で刀を借りる事が出来た。小泉家の実働部隊の副長である美希から借りた刀。とりあえず、それは絶対に返さないといけないもの。
 虚ろな心は、目標を得て一時的な充足を得る。
 着替えを済ませて、刀を抱えて外へ出た。入り口である鳥居を潜ろうとした時、そこから続く石段に、一人の男が立っていた。黒い髪を長く伸ばしているため、少し顔が隠れている。やや陰気な印象だ。その男の事を、櫻は知っていた。
「どこに行かれるのですか?」
 八咫烏(やたがらす)。書類上の姉になる、橘椿が保有する三体の式の内の一体。椿が、もっとも信頼しているのが、この八咫烏。つまり――。
「椿姉様も、過保護ですね」
 姉が放った、監視者である。
「過保護ではありません。主(あるじ)は、あなたの事を心配している。それは家族として、姉として、当然の行動です」
「私と椿姉様は、書類上の家族です」
「……それが、心からの言葉であるのであれば、主が不憫です」
 ちくりと胸が痛んだ。だが、櫻はそれを気にしない事にした。知っているからだ。その感情は、認知してはいけない感情である――ということを。
「刀を返しに行くんです。借りたものは、返さないといけません」
「左様ですか。くれぐれも無茶はなさらないよう、私からもお願い申し上げます」
「……あなたは式なのに、それほどまでに椿姉様の事を大切に思っているのですね」
「当然でございます。私は、二度も忠誠を使った主を失いたくはありませんから」
 そう言って、黒い羽根を残して八咫烏は飛んで行ってしまった。普段は無口で、これほど長いこと話をするのは、櫻も初めてであった。冷たい存在なのかと思っていた事もあったが、いつでも椿の死角を補うように立っていたのを見た時、彼にとって椿はとても大切な存在なのだ――とは、気付いていた。しかし、その大切の度合いが、櫻が考えているよりも、もっと深い気がした。彼が言っていた、『二度も』というのは、どういう意味なのだろうか。八咫烏が飛んで行った先をぼんやりと眺めつつ、櫻はそんな事を想った。
 刀は、布で包んで運んでいく。年齢的な補正もあって、剣道か弓道か、その辺りの部活をしている子にしか見えない。中身が真剣であると知ったら、朝のトップニュース間違いなしである。
 徒歩で櫻駅まで。そこから電車を乗り継ぎつつ、小泉家のある泉(いずみ)町へとやってくる。田舎町である櫻町と比べると、随分と開けた印象がある。駅前の商店街は、明らかに櫻町よりも大きい。仕事で何度も小泉家には赴いているので、道は分かっている。商店街を抜けた先でバスに乗るため、停留所へ。そこでバスの時間を確認するため、携帯電話で時間を見た際、櫻はある事に気付いた。
「……七時五分」
 何も考えなしに飛び出したものの、時間を全く確認していなかった。櫻駅では都合よく電車が止まっていたため、それに乗り込んできた。そのため時間は確認しなかった。
「どうしよう……」
 こんな朝早くに訪れたら迷惑も甚(はなは)だしい。仕方なく、少し時間を潰す事にした。
 ファーストフード店で、二時間消費する。一人であることもあって、恐ろしく退屈で苦痛な時間であった。
 九時を回った頃、櫻は店を出た。まだ早い気もしたが、これ以上ファーストフード店で粘るのは、身体的にも精神的にも無理だった。
 バスに乗って、泉神社前で降りる。除霊屋の大半は、神社としての表向きの顔を持っている。橘家も、一応は橘神社としての顔がある。ただ、参拝者は橘神社を避け、町の中央付近にある櫻神社を利用している。橘神社にいい噂がないからだ。そんな橘神社と違って、小泉家の表の顔である泉神社は、全国に名の知れた神社である。小泉家の本家は、その泉神社の裏。神社とほぼ同じぐらいの敷地面積を持つ、巨大な日本家屋の集合体。それが、九州最大規模を誇る小泉家の本家である。
 表門に近づくと、大きな表門の扉が丁度開こうとしていた。誰かいるなら都合がいいと近づくと――。
「ん? 櫻さん」
 そこに停まっていた車の後部座席から、声がかかった。パッと見は、男性か女性か分からない、中性的な顔の持ち主。髪を長く伸ばしている事もあって、なおさら分かりにくいが、その人は男性である。名は、小泉章吾(しょうご)。小泉家の当主透子(とうこ)の息子にして、次期当主候補の一人だ。
 櫻は、深々と頭を下げた。
「おはようございます」
「おはようございます。橘家から、何か伝言?」
「いえ、個人的な理由で。あの、美希副長から刀を借りたもので」
「あぁ、そうなんだ。恒一(こういち)、美希さんに橘櫻さんが来ていると伝えてもらっていいかな」
 窓から身を乗り出して、車の後方で待機していた少年に声をかけた。少年は頭(こうべ)を垂れ、すぐに本家の方へと走っていく。
「今から橘家に行かなくちゃならなくて。いつものように、応接室の三号室を使っていいから」
「あ、はい。ありがとうございます」
 そう答える櫻に、章吾は優しく微笑む。
「昨日はお疲れ様でした。色々と思う事はあるだろうけど、自分の心だけは偽ってはいけないよ。きっと後悔するから」
 章吾は、櫻の事情を知っている。そのため、気を遣ってそういう言葉を口にした。櫻はどう答えていいものかと迷う。その内に、章吾は櫻の返事を待たず車の窓を閉めてしまった。車が発進する事に気づき、櫻は距離を取る。そして、出て行く車を見送った。
 章吾の言葉に、返す言葉を見つける事は出来るのだろうか。今は、章吾の言葉の意味がよく分からなかった。
 小泉家の本家には、度々足を運んでいるため、勝って知ったる他人の家である。応接室も橘家専用があり、それが章吾が口にしていた三号室。擦れ違う人に挨拶をしつつ、応接室へと足を運ぶ。
 時間にして、二十分程度。出された茶菓子とお茶に手を付けず、ぼんやりと待っていると、ドアをノックする音が聞こえた。返事をすると、髪はボサボサで、息を切らせた小泉美希が姿を現した。衣服も、相当ヨレヨレだ。その状態から、櫻は察した。
「あ、すいません。起こしてしまったみたいで」
「構いません。へっちゃらです」
 美希は、にへらっとだらしなく笑って、立ち上がった櫻に座るように促した。
「あの、美希副長、今回は刀を貸して頂き、本当にありがとうございました」
「大切に使ってくれたみたいね」
 美希は刀を受け取り、少しばかり抜く。抜かれた刃の部分に、美希の疲れた顔が映った。
「話は聞いたわ。お兄さん、保護されたみたいね」
 キィンという、涼やかな音色を残して刀は収められた。
 顔を下げている櫻。それを見つめる美希。
「櫻さん。あなたにとって、お兄さんは確かに両親を殺した仇かもしれない。それは、曲げようのない厳然たる事実ね。だけど、それが結果に過ぎないのも、事実なのよ。どうして、お兄さんが両親を殺さなければならなかったのか。何故、鬼神皇と共に行動をしていたのか。私たちには、そういう情報が開示されないから分からないのだけど、櫻さんには知る事が出来ます。事件の当事者であるのもそうですが、今、橘家には水及様がいます。あのお方は、基本的には勝彦様にしか情報を降ろしませんから」
 美希は、優しく微笑む。
「それに、相談するべき相手は他にもいるではありませんか。椿は、あなたの事を本当に大切に思っている。ただ、不器用で馬鹿ですから、本人もどうしたらいいのか分かっていないようですけど。言葉にしてみなければ、分からない事も伝わらない事も、たくさんあります。櫻さん、あなたは一人ではないのだから、分からない事を一人で考え続けなくてもいいのですよ」
「私に……そんな資格は……」
「資格? 家族の間にそんなものは必要ないと思いますよ。例え血が繋がっていなくても、少なくとも椿は、櫻さんの事を大切な家族だと思っているはずです。そこが不安なら、私にそれを言うのではなく、本人に言えば言い事。もし、仲違いをして橘家に居られなくなるかも、なんてことを気にしているのであれば、私の妹になればいいのです」
「えっ?」
 戸惑う櫻に、美希はようやく顔を上げてくれたと嬉しそうに笑う。
「私の妹は、今反抗期真っ盛り。可愛げが全くなくて、手を焼いているの。櫻さんみたいな優しい子が、私の妹になってくれたなら、これほど幸せな事はありませんわ。そしたら椿に自慢して、椿の悔しがる顔でご飯がおいしく食べられるというものです」
「それは、血の雨が降りそうですね」
 椿と美希は、まさに犬猿の中。どちらかが一方的に突っかかっている――とかではなく、お互いに反発し合っているから、なおさら激しい。その事を、櫻もよく知っていた。
「なんだか、腑に落ちた気がしました。とりあえず帰って、当主にでも相談します。椿姉様は、多分今は由紀子さんの事で一杯一杯でしょうから。後、水及様はさすがに怖いです。出来れば、近寄りたくないです」
 苦笑する櫻の顔は、ここに来た時と比べると幾分か影が薄らいでいた。迷いの霧の中から、道を見出せたのかもしれない。美希は、そんな櫻の姿を見て、ほっとしていた。
「水及様は、私達と違う次元の生き物みたいな感じがしますものね。櫻さん、落ち着いたらまた遊びにいらっしゃい。あなたと稽古がしたいわ、久しぶりに」
「はい、必ず」
 櫻は、深々と頭を下げて部屋を出て行った。美希はそんな櫻を、晴れやかな顔で見送った。

 櫻は、橘家の石段の前まで帰って来た。時刻は十二時を回っている。小泉家を出る時には、とりあえず当主と話をしよう――と息を巻いていたが、徐々に気持ちが萎(しぼ)んでしまい、今は出店で買った水風船が、一日経過したような姿になってしまっていた。
 大きな溜め息を吐き、石段を登る。足がいつもより重たく感じるのは、ただ歩き疲れただけなのか、それとも精神的なものなのか。
「あら、櫻ちゃんじゃないか」
 石段の上から、声がかかった。ほっそりとした中年の男。柔らかい笑みを浮かべている。櫻は、頭を垂れた。その中年の男は、良く知った男だったからだ。
 神代(かみしろ)奨(すすむ)。櫻の父親の兄。つまり、伯父さんになる。
「ご無沙汰しております」
「ごめんね、なかなか顔を見に来られなくて」
「あっ、いえ」
「晃君が保護されたと聞いて、慌てて来たんだけど、『今は会わせられない』って断られたよ。櫻ちゃんもいないし、どうしたものかと思っていたけど、良かった、ここで会えて。仕事を投げだして来たから、手ぶらで帰ると部下に怒られる」
 『怒られる』と口にしているが、まるで緊張感がない。半ば冗談なのか、そういう性格なのか。櫻にも、この伯父の事はよく分からない。
「櫻ちゃん、晴れない顔をしているね」
 櫻は、視線を逸らし無言で答える。
「そんなに辛いなら、僕の所に来るかい?」
「えっ?」
 思わぬ提案に櫻は困惑し、奨の方へと視線を戻した。相変わらず、奨は朗らかに笑っている。
「元々、僕は櫻ちゃんを引き取るつもりでいた。けど、水及様の圧力で叶わなかった。櫻ちゃんが、晃君との距離を取りたいと考えているなら、ウチに来るといいよ。あの時と違って、今の君は決断する事が出来る。君が決断した事であれば、水及様も強くは言わない……かもしれないしね」
 それも一つの決断。十年前、橘家の養女になった櫻。奨はそんな櫻を気遣って、大分から度々櫻の顔を見に来てくれていた。櫻にも十分伝わっている。奨の人柄の良さは。それに、奨の一族神代家もまた、除霊屋である。櫻の居場所は、神代家でも十分見出せる余地があった。
「決心がついたら、いつでも連絡をしてくるといいよ。世界で唯一、僕には遠慮なんてしなくていいから」
 奨は、櫻の頭をポンポンと叩いてから、櫻の横を通って石段を降りて行った。

 不機嫌そうに坐(ざ)している水及。彼女が不機嫌そうにしているのは、寝ているのを邪魔されただけではない。目の前に座っている男が、水及にとって厄介事そのものだからであった。
 短髪の色は、漆黒。瞳は金色。スーツ姿のその男の顔立ちは、日本人のそれではない。溜息が零れるほどに整った顔立ち。一見すると、女性にも見える。彼の名は、天鳳(てんほう)。日本神族会の首領である天照(あまてらす)のたった一人だけの直属親衛隊。水及にとって、日本神族会そのものが鬱陶(うっとう)しい相手。日本神族会は、除霊屋の上部機関として存在しているが、橘家だけは日本神族会ではなく、水及の下部組織として運営されている。昔、色々な条件を付けて、橘家だけ水及が独立させた過去があるからだ。
 水及と日本神族会。その間にある隔(へだ)たりは、とても一言では言い表せられない。普通なら、日本神族会に所属する神々は水及の前には座る事が出来ない。水及が普段から拒否しているからだ。しかし、天鳳は別格。日本神族会の中でも特別扱い、つまり『水及係り』となっているのが、この天鳳だから――というのは、一部分に過ぎない。
 水及と天鳳。この二人(便宜上、『人』と表現)もまた、一言では言い表す事が出来ないほど、複雑な関係であった。
「水及、今巷(ちまた)で大人気の洋菓子店で買った、限定のケーキを持ってきたよ。欲しいだろう? 水及、こういうの大好きだもんな。これをやるから、洗いざらいすべて話せ」
「む……む……分かった。とりあえず、ケーキを渡せ」
「その手には乗るか。どうせもらった後、『お前の話は分かったが、話してやるとは言っていない』とか言うつもりだろう。まずは、話してもらおうか」
「そうか、ならば力づくで奪うのみ!」
「待て! なんで、ケーキが主題になっているんだよ! 違うだろう、とりあえず落ち着け! 全く、ケーキはやるから、大人しく話をしてくれよ」
「ケーキはもらう。だが、断る」
 水及は腕を組み、平らな胸を張ってそう主張した。天鳳は頭を抱えつつ、ケーキの入った箱を水及の座卓に置いた。
「相変わらず勝手な奴だな」
「勝手なのはどっちもどっちだろう。どうせ、韋駄天(いだてん)を経由して、粗方(あらかた)知っている上で、わざわざ私の眠りを妨げ、あまつさえケーキを盾にとって話をさせようという魂胆が、最低だ」
「彼からの報告は、起こった事象だけだ。君の豊富な知識をベースにした、君の見解を聞きたいと言っているのだよ」
「日本神族会の狗(いぬ)になったお前に、話す事なんてないな。まぁ、日本神族会に所属していなかったとしても、話してやらんがな」
「なんだそれは。滅茶苦茶じゃないか」
 天鳳は、苦笑した。
「君の見解を聞けたら、ある程度融通して日本神族会に情報を流すつもりだ、と言っても話してくれないのか? 君の立場はよく分かっている。そして、今回の事件の特異性も十分把握している。ありのまま報告すれば、また日本神族会の心象が悪くなるだけだぞ。なんのために私を経由して、個人的に日本神族会の仕事を行い、心象を良くしようとしていたのか。全部、無駄になるんだぞ?」
「あれは、日本神族会の心象を良くするためにしているわけじゃない。まぁ、その話はどうでもいい。私のためだと思って、色々と言ってくれているのは分かる。しかし、私の見解も今は話せるレベルではないし、他にも色々と思う事があるんだ。その断片を、日本神族会に伝える気はない。ありのまま、韋駄天が報告したことを伝えろ」
 天鳳は諦めて大きな溜め息を吐いた。
「仕方がない。韋駄天からの報告を、君から聞いた話として報告することにするよ」
「……馬鹿か? 韋駄天の上司である猿田彦(さるたひこ)がいる限り、それは通じないだろう」
「猿田彦は、どちらかと言うと八咫烏寄りの考え方だよ。頭がおかしいのは、韋駄天だけだ」
 水及は、それを聞いて大爆笑。
「天鳳の口から、そんな話が聞けるとはな。日本神族会も、相変わらず一枚岩ではないようだな」
「今は、三枚ぐらい岩がありそうだけどね。それに、先程『日本神族会の狗』なんて言ってくれたけど、私は最初からそして今も、天照を助けるためだけに動いている。そこの所だけは、心外だと言わせてもらうね」
「相変わらず、一途な事だな」
「こちらにも色々と思う事があるのさ」
 天鳳は立ち上がり、水及に『また来るよ』と残して部屋を出て行った。水及はそれを見送った後、座卓に突っ伏した。
「話してやりたいのは山々だ。しかし、日本神族会は私にとっては敵なのだよ」
 水及は、ぼそりとそう呟いた。


 その2へ。



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