堕天王の逝く道

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zoom RSS 幽世喫茶『妖のいるコミケ』

<<   作成日時 : 2011/10/28 21:45   >>

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10作目となりました。10作目という記念作品が、こんな作品なのはどうかと思うけど、10作目だということに書いている途中まで気づいていなかったというね(苦笑
第何話という区切りをせず、ナンバーリングもメモっていないので、作品数を数える事でしか把握できない。最近、ただ書いていただけだったので、気にしていなかったのですが、気になって数えてみたら10作目だった。そんなオチ。

前回の『散る散るハルサキ』で残り4話と書きましたが、別に誰からも応援されていないけど勝手にもうしばらくこの作品を続けようと思っております。11作目も脳内プロットが出来ています。終わりに向けた『4作』を手掛ける時は、またその旨、明記しますね。

さて、今回のお話ですが――タイトル通りです(笑 私は冬にしかコミケットに行ったことがないので、夏のコミケットは完全想像の産物です。
幽世喫茶は、『次元の狭間』という異空間が存在するということ、前文明に異星人の干渉があったこと、この2点の差異を除いて、私たちの世界と同一のものです。ならば、この世界にもコミケットはあるのだろう――そんなことを妄想して出来たのが、今回のお話。

あらすじは、こんな感じ

幽世喫茶という、人と妖が半々訪れる奇怪な喫茶店のマスター、乙衣兎渡子。除霊士の春野蓮華と共に、春野ひふみの依頼を受ける形でコミケに一般参加する。しかし、東京は『人類至上主義』を謳う除霊屋『九藤家』の領域。妖を徹底排除している東京で、兎渡子は九藤家の除霊士から追われている少女と出会う。

シリアスっぽく見えて、中身はギャグです(笑

前書きの最後に、今回はクイズを一つ。
今回登場する妖の名前は、『田沼秋』と言います。さて、この子は、どの動物が化生――妖化した存在でしょうか?
本編中に答えはないです。そもそも、『田沼』という苗字しか名乗らないし。少し考えたらバレバレなので、ノーヒントでも大丈夫かと。暇つぶしに、ちょっと考えて見てくださいませ。

答えは、本編最後に反転させて置いておきましょう。正解者には、特別何もありません(苦笑


では、本編にまつわることを並べて行きましょう。


☆幽世喫茶は、堕天王が連載している現代ファンタジー小説です。初めてでも分かるように書いているつもりです。物語の根幹は連動していますが、各エピソードに連続性はあまりありません。

他の幽世喫茶作品は、
4作目〜9作目 http://47762756.at.webry.info/theme/8535815472.html
1作目〜6作目 http://www5f.biglobe.ne.jp/~pfive/tyouhen/shortstrory.html


登場人物
乙衣兎渡子(おとぎぬととこ):幽世喫茶のマスター。不思議な指を持っており、その指が触れることでただの珈琲が幽世珈琲となる。基本、ダメ人間。

マイ:兎渡子の持ち物である、マイセンカップが化生――妖になった存在。いわゆる付喪神(つくもがみ)。ずぼらで、働かない兎渡子の代わりに、店を切り盛りしている。幽世喫茶の最後の砦。

春野蓮華:除霊屋に属する春野家の人間。兎渡子の幼馴染である。いつも男物のスーツを身に纏っている。気が強いが、泣き出すと手におえない。

春野ひふみ:九州屈指の感応士。その実態は、極度のオタク。蓮華をいかに困らせるか、それを考え実行することが最大の愉しみと言う、蓮華にとっては困った子。兎渡子とも古くからの付き合いで、現在は同じネットゲーを勤しむ仲である。


   幽世喫茶『妖のいるコミケ』

 春野家は、除霊屋という妖(あやかし)と渡り合っている組織の一つ。二十名ほどの除霊士が所属している小さな『家』だ。春野蓮華は、その一人。春野家の当主の弟の孫になる。血筋的に離れすぎているため、次期当主という分類からは外れている。春野家の中では、中堅クラスと言ったところか。
 春野家には、離れが存在する。蓮華は今、その廊下を歩いていた。
「ひふみ、来たぞ」
 襖の前に立ち、声をかける。春野ひふみ――感応士と呼ばれる稀有(けう)な能力者である。ちなみに感応士とは、一定範囲の事象を五感で観測できる能力を有する者のこと。大変珍しい能力で、この感応士が『家』にいるというだけで、その『家』は高く評価される。故に、感応士だと確定出来たら、外に出さないで守り通すのが習わしとなっている。春野ひふみもまた類に漏れず、この春野家の離れからは特別な理由がない限りは、出る事を許されていない。
「どうぞー」
 間延びした声が返って来た。
 雑誌や漫画、様々なケースが畳の上に散らかっている乱雑な部屋。奥の大きなテレビの前で、ゲームをやっている女性――彼女が、春野ひふみである。蓮華は、足で物を動かして、自分が座るスペースを確保して、どっかりと座った。
「で、要件はなんだ?」
 蓮華とひふみは、古くからの仲であるため、気軽に話しかける。
「お願いがあるのよー。ちょっと待って、ボス倒したらセーブするからー」
「人を呼んだ時ぐらい、すぐに中断できるゲームをしてろよ」
「だって、急にボス戦だったんだもん。あ、あ、あぁー! 死んだ! 全滅した! 馬鹿ぁー! カバぁー! レンちゃんのオタンコナス!」
「おい! 私は関係ないだろうが!」
「やる気なくなった。寝る」
 ひふみはごろんと横になった。蓮華も頭を抱えた。
「そっか。なら寝てろ。私は帰る」
「それでねー、頼みがあるのー」
 寝返りを打って、蓮華の方を向く。起きる気はないようだ。
「はいはい。で、なんだ頼みって?」
「ちょっとね、コミケに行って来て欲しいの」
「コミケ?」
「同人誌即売会、ようは本を売っている所だよー。これ、欲しいもののリスト」
 ひふみは、折り畳まれた白い紙を取り出して、蓮華へと差し出す。だか、蓮華には届いていない。しばらく蓮華は、その様を眺めていた。すると、プルプルと持っている手が震えだした。
「レンちゃーん」
「ここまで持って来い」
「やーだー、動いたら死ぬー」
「なら死ね。そこで死ね」
 そして、ひふみは力尽きた。
「ひふみはね、普通の女の子に生まれたかったの」
「そっか。来世で頑張れ」
 するとひふみは、持っていた白い紙をぐちゃぐちゃと丸めて、蓮華に投擲した。蓮華はきっちりそれを受け取る。
「最初からそうしろよ」
「レンちゃんの優しさを信じていたの!」
「そっか。ひふみに優しくしても、一分の得もないからな。で、なんだこりゃ。『報復絶刀屋』? 『触手一家』? なんの一覧表だこれ」
「サークル名と欲しい本を列記してあるのー」
「フタナリってなんだ?」
「二つ並んでいるのー」
「ふーん。いつものようにネットで買えばいいんじゃないのか?」
「希少本なのー。現地で買えるから、お願いね」
 蓮華は、大きなため息を吐いた。
「分かったよ。で、どこに行けばいいんだ?」
「東京」
「東京ね……ちょっと待て。東京?」
「うん、とうきょーう。レンちゃんみたいな友達思いの優しい子と知り合いで、ひふみ、超感激」
「……これ断ったら、私をどうにかするんだろう?」
「えー、別に何もしないよ。夏休みになるだけかなー」
 ひふみは、いわゆる特権階級である。当主でさえ、ひふみに頼まれると『外に出る』ということ以外は断れない。『夏休み』、つまり仕事が回って来なくなることを意味しているのだろう。蓮華は、完全に諦めた顔をしていた。
「旅費は、そっち持ちな」
「はーい。ひふみ、優しいからオプションを付けてあげる。トトちゃんも同伴してくれるように、頼んじゃうから」
 その言葉に、蓮華の表情が少しだけ和らいだ。
「それは助かる」
 この時蓮華は、あまり深く考えずにひふみの依頼を引き受けてしまった。それが、ひふみの仕掛けた罠だということにも気づかずに――。

 陽光が大地を焼く。陽炎踊る大地は、まさに地獄である。兎渡子(ととこ)は、額を流れる汗を拭い、うんざりとした顔で、空を遮るビルの群れを見上げた。
 兎渡子――乙衣(おとぎぬ)兎渡子は、幽世(かくりよ)喫茶という喫茶店を経営している。幽世喫茶は、人と妖が半々訪れるという、まさにこの世とあの世の境を象徴化したような、そんな奇怪な店である。兎渡子の横に立っている水色のワンピースを着ている少女の名は、マイ。幽世喫茶の唯一のウェイトレスであり、その正体は兎渡子の持ち物であるマイセンカップが化生(けしょう)したいわゆる付喪神(つくもがみ)。そして、その二人の後ろに立っているのが、兎渡子の古い友達である春野蓮華。いつも男モノのスーツ姿の彼女であるが、今日はさすがにジーパンとカッターシャツ――色気はないが、普段着のようなものを身に纏っていた。
 現在地は、秋葉原。ホテルがお台場であるため、荷物を置きに行くのが煩わしくなり、空港から直接秋葉原へとやって来たのである。
「とりあえず、あっきはーばらー」
 兎渡子が、そんな間の抜けた声を上げる。
「なんだそれ?」
「通過儀礼みたいなものよ」
 よく分からないと、蓮華は首を傾げる。
「で、ここには何をしに来たんだ?」
「別にブラブラするのよ。そうだ、メイド喫茶にも寄ろうかな。ウチの店にも使えそうなものがあるかもしれないし。あと、メイド服でも買うかな。それとももっと違う衣装を……」
「それを着れというなら、お断りです」
 マイがにこやかにそう答えた。
「えぇー、制服は? 学校の制服みたいなの」
「だから、嫌です。マスターが着ればいいじゃないですか」
「私が? ……それもいいかな」
「あれ以上いかがわしい店にするつもりか!」
 蓮華の突っ込みは、スルーされた。

 兎渡子とマイは、蓮華の付き添いで東京へとやって来ていた。ひふみが蓮華に頼んだ、同人誌即売会への一般参加を手伝うためである。前日入りした彼女らは、とりあえず秋葉原を散策することに。
 東京に行くまで、いくつかの波乱があった。一つは、本来は兎渡子だけが付きそう予定だったのだが、マイが断固反対。この件については、同伴させることで納得させることに成功した。二つ目の問題は、マイを東京へ連れて行くことも一要素になって、大きく揉めた。
 除霊屋は、それぞれの『家』ごとに機能しており、それぞれに『領域』を持つ。彼らの仕事は、地域独占である。その地域で発生した案件は、その地域の除霊屋が解決する。土建の仕事のように、競売があるわけではないのである。だからと言って、所属している除霊屋が違う土地に赴いても、トラブルなんてものは発生しない。よっぽどの大物でもない限り。しかし、何事においても『例外』がある。
 東京を中心にした、関東一円を領域にしている除霊屋の名前は『九藤(きゅうどう)家』という。日本最大の領域を持つ除霊屋である。この九藤家は、『人類至上主義』というものを根幹に置いた『家』。ようは、人間最強、人ならざるモノは徹底排除という極端な人たちなのだ。
 そう、ここで問題になったのがマイを東京入りさせることだった。蓮華は深くは考えていなかったが、許可をもらいに春野家の当主の下に訪れた際、その事で反対されて揉める事に。九藤家に許可をもらえばいい――そんなことも蓮華は提案したが、九藤家は他の除霊屋の言うことを聞かないことで有名である。問い合わせたところで、『連れてくんな』と言われるのが関の山だ。
 マイを置いていけばいいことなのだが、今度は兎渡子が『連れて行く』と言う事を聞かない。結局、春野家の当主が折れて、こっそりと内密に連れて行くこととなった。
 九藤家の徹底した妖嫌いは、噂に聞いている。しかし、聞いていても話半分、どこか絵空事――そんなことは、いくらでもある。蓮華も兎渡子も、あまり深くは考えていなかった。
 しかし――。
「止まりなさい」
 三人の目の前に立ち塞がった女性。年は、二十歳前後か。綺麗な顔立ちをした女性であるが、この真夏にベレー帽をかぶっている。しかも赤色。その一点だけが異様に目立つため、全体的に残念な容姿である印象を与えてくる。
「知り合い?」
「いいや」
 兎渡子の問いに、蓮華は首を横に振る。
「どちらさま?」
 兎渡子が尋ねると、女性は右手を覆っていた黒いグローブを外して、手の甲を三人に向けた。その手の甲に九つの輝き。それを見て――。
「げっ」
 兎渡子は、露骨に嫌な顔。
「マジかよ……」
 蓮華は、悲嘆した顔をした。
「九藤家の除霊士です。そこの妖について、説明してくれますか?」
「脊髄反射並みの反応ね。九藤家の妖嫌いって、ここまでだったの」
 兎渡子は、大きな溜息を吐いて、マイの事を説明した。
「ただの観光です」
 兎渡子がそう締めくくると、女性は露骨に面倒臭そうな顔をした。
「あなたたちも、除霊士ですよね?」
「私たちは、『元』除霊士よ」
 兎渡子は、さりげなく蓮華を庇った。現役だというと、面倒なことになるのは目に見えていたからだ。
「所属は?」
「それは言えない。辞めてしまったけど、お世話になった恩を仇で返すなんてこと、できるわけないでしょ?」
「義理堅いんですね。ならいいです。元でも、除霊士だったのであれば、私たち九藤家の理念をご存知ですよね?」
「人類至上主義……ですよね」
「なら、なぜこの土地に妖を連れ込むのか。はっきり言って迷惑です」
「迷惑って、ただの観光なのに?」
「妖風情が、人間と同じように生活している姿を見るのでさえ、はっきり言って不愉快です。この時期に来たということは、あなた達もどうせコミケ目的なのでしょ? ここ数年、あのイベントを目的にして潜り込んでくる妖が後を絶たないんです」
 それから、グチグチと女性は言い続けた。兎渡子は、立腹を通り越して、完全に辟易としていた。二十分程が経過して、ようやく女性の愚痴も終わった。完全に疲れた顔をしている兎渡子に、女性は青いワッペンを差し出してきた。
「これをそこの妖に付けておいてください。許可書みたいなものです」
「あぁ……とりあえず、観光をしてもいいってこと?」
「不愉快ですが、仕方ありません。あなたたちは、テロを起こしそうには見えませんから」
 ただ話を聞いていただけなのに、何を持ってそう判断したのか。兎渡子にはよく分からなかったが、ワッペンは受け取っておいた。
「これを付けて歩くって、少し可愛そうなんだけど」
「別につけなくても結構ですよ。ただその場合、五分もしない内に私の仲間があなた達を同じように詰問することになりますが、それでいいならお好きになさってください」
 どんだけ徘徊しているんだよ、コイツら――兎渡子は、心の中でそう愚痴った。
「マイ、ゴメンね。東京にいる間は、これ付けておいて」
 マイは無言で受け取った。笑顔であるが、妙に怖い。兎渡子は気づいた。マイは怒っている。腸(はらわた)が煮えくり返っているのだ。それは確かに仕方がない。あれだけ妖の事を、『下等生命体』みたいに言われ続ければ、気分がいいものではないはずだ。しかし、マイは耐えてくれたのだ。話が厄介なことになるのを避けるために。
「今後は良く考えてくれると助かりますね」
 そんな捨て台詞を残して、女性は去って行った。うんざりと見送っていると――。
「死に晒せ」
 背後から、ぼそりとそんな呪詛(じゅそ)めいた言葉が聞こえてきたが、兎渡子と蓮華は聞かない事にした。

 場所を変えて、ファーストフードの店へと入った。兎渡子たちが住む福岡にはないお店である。マイの機嫌も、そのお店を気に行ってくれたおかげで、随分と改善して兎渡子も一安心。三人で、それぞれ違うハンバーガーを食べる。
「……兎渡子、さっきはごめんな。庇ってくれて」
「春野家にもおれんにも恩はあるし、当然のこと。にしても、胸糞の悪い女だったね」
「挑発しているんだ。あれで私たちが喧嘩を吹っ掛けたら、大義名分を振りかざしてマイを殺すつもりだったんだ」
「……それ、ガチ?」
「でなければ、あんなに煽ったりはしない。あの女の目は、殺気を帯びていた」
 蓮華の話を聞いて、兎渡子は空恐ろしい思いになった。あまりにも一方的に話してくるため、面倒臭くなって黙っていたことが逆に効を奏した。無事にやり過ごせてよかった――兎渡子は、心の底からそう思った。
「はぁ、もうやめやめ。この話題は、疲れるだけ」
 許可は得られたのだ。もう関わることはないだろう。兎渡子たちは、疲弊した心を盛り立てるように、違う話題で盛り上がるのだった。

 次の日の朝、兎渡子たちはコミケに一般参加することに。照りつける太陽の下、長蛇の列に並び、会場に入ってからも人に揉まれて、そこはまさに戦場、ある人にとっては生き地獄に等しい時間であった。
「私は、ひふみをぶっ殺す……」
 昼を少し過ぎて、一端離れて行動していた蓮華と合流した、兎渡子とマイ。そんな二人に、蓮華はそんな呪詛めいた言葉を吐き漏らした。兎渡子には、その理由が分かっていたので、吹き出すのを我慢していた。
「なんだかんだ言いつつも、本は手に入れたみたいね」
「ん? あぁ……半分も買えなかったが……ていうか、なんだ、この本は! おぞましい! 狂っている!」
 兎渡子は、耐えられなくなって笑い始めた。
「……お前もやっぱりグルだったのか」
「私は頼まれただけだって。世の中には色々な趣向があるってことよ。今回はひふみに踊らされるような形になったけど、本来この会場に集まっている色々な本は、それぞれの魂の輝きと言ってもいいものよ。これからは、普通に回りましょう」
「魂の輝きって、そんな臭い台詞をよく真顔で言えるな」
「んー、私は基本モノカキだから」
 その時である。蓮華と話していた兎渡子に、少女がぶつかってきた。
「うわっ!」
「あっ!」
 背中を押されて倒れ掛かった兎渡子を蓮華が支え、ぶつかって来た少女は派手に転がって、持っていた手提げバックの中の本をぶちまけた。
「ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」
 少女は平謝りしながら、ばらまいた本をかき集める。この時、兎渡子は何かしらの異質な空気を感じた。多くの人々は、コミケを楽しんでいる様子だったが、何人か違う動きをしている。静かに、何かの指示を出しているようである。スタッフなのかと思えば、そうでもなさそうな雰囲気。刹那、兎渡子は閃いた。
「こっち! おれん! あの子を囲むよ!」
「はぁ?」
 首を傾げる蓮華。兎渡子は本を拾うのを手伝った後、目を白黒させている少女の手を引いて、壁側へと押しやった。その少女を囲むようにして、兎渡子と蓮華とマイが壁を作った。間もなくして、少し大柄な男が、汗を大量にかきながら近づいてきた。
「見つけた! い、いや……なんだ、許可付きか。クソ、紛らわしい!」
 一見、テレビでも見るようなオタク風の姿の男は、そう吐き捨てて人ゴミの中に消えて行った。
「なんだあれ?」
「九藤家の人間よ、多分」
「九藤家?! ちょっと待て。じゃ、コイツ!」
 蓮華が振り返った先では、少女が泣きそうな顔で俯いていた。
「あなた、名前は?」
「田沼……です。あの、助けてくれてありがとうございます。でも、あの、良かったんですか? 私が妖だって知っていて助けたんですよね? 九藤家の人たちに逆らったら、酷い目に遭ってしまうんですよ」
「それはこれから考える。あなたが追われている理由。それを聞いて、九藤家が正しいと思ったら、あなたを九藤家に引き渡す。あなたが正しいなら、ここから出るのを助ける。そういう話。まぁ、でも……」
 兎渡子は、少女――田沼が落とした本に目を落とした。触手が少女にまとわりついている。明らかに、変な方向にいかがわしい本だ。
「持ち物検査されて、こんな本が見つかるのが嫌だから逃げた、てな感じよね?」
「あわわわわ、あの、その、だって、だって!」
 田沼は顔を真っ赤にして、しどろもどろ。さらにピョンピョンと跳ねている。
「兎渡子、さすがに妖を庇うのはまずいだろう?」
 蓮華は、顔を青くさせていた。マイの時と状況が違い過ぎる。九藤家に対する敵対行動だと判断されれば、拘束監禁という事態も冗談ではなくなってくる。
「しょうがないでしょ。可愛そうだったんだから。まぁ、策がないわけでもないし。田沼さん、私のバックに入っている本と中身を入れ替えましょう。そして、九藤家の人に謝りに行く。私が上手く話を合わせてあげるから」
「あの……どうして……私が妖だって知っているのに。庇う理由が、ないと思います」
「私がそうしたいから」
 兎渡子は、きっぱりと言い切った。傍で蓮華が嘆息を吐いている。
「いざとなったら、私が退路を作ってやるよ」
「おれんは現役なんだから、先に帰った方が……」
「ざけんな。兎渡子を残して帰れるか。私に貸しを作るのが嫌なら、上手くやればいい。それだけの話だろう?」
「はぁ、分かった。そうさせて頂きますよ。ということで、何か質問はある?」
「……ありません」
 完全に勢いに呑まれ、田沼はそう答える事しか出来なかった。

 田沼の本と兎渡子の本を入れ替える。しかし、田沼の本の量は結構あった。
「ちょっと、買い過ぎじゃない? おれん、これそっちに入れて!」
「ちっ、仕方ない……って、なんじゃ、この本!」
「いいからいいから! 時間ないんだし!」
 驚く蓮華から本を奪い取り、蓮華の鞄に無理やり押し込む。幸いにも、作業が終わるまで、九藤家の除霊士に発見されることはなかった。
「よし、それじゃ……」
 兎渡子は周りを見渡して、言葉を詰まらせた。彼女の心の内を、蓮華が代弁してくれる。
「誰が九藤家の人間か、これじゃ分からないな」
「まっ、歩いていればその内釣れる……待って。居た」
「はぁ? 誰が?」
 兎渡子は、ある一点を見つめている。しかし、蓮華には誰を捕捉しているのかが分からなかった。
「いますね」
 マイにも分かったようである。
「うふふ……これは面白い事になる」
 兎渡子は、鞄を背負い直して、まっすぐに進みだした。その後をマイが追いかけ、蓮華は首を傾げつつ、田沼を促して兎渡子の後を追いかけた。
 大勢の人が交差する通路。もし、知り合いがそこにいたとしても、紛れて分からなくなるほどである。しかし、兎渡子は何の迷いもなく、通路の真ん中程に立っていた黒のゴシック風のドレスを身に纏った女性に声をかけた。
「ちょっといいですか?」
 とある推理をするアニメの衣装に似ている。しかし、頭にはそのアニメに出て来るキャラが被っているものとは違う、真紅のベレー帽が乗っかっていた。色合いのバランスが最悪で、コスプレなのにコスプレになっていないような、そんなちぐはぐ感がそこにあった。
 ベレー帽を被った女性は、兎渡子に振り向き、『なっ?!』と驚愕していた。そして、露骨に嫌そうな顔をした。彼女は、秋葉原で兎渡子たちに因縁を吹っ掛けて来た、あの女性であった。
「あなたたちは! ちょっと、なんで話しかけてくるんですか。もうあなた達に用はありません。しっしっ、仕事の邪魔です」
「そう邪険にしなくても。折角、顔見知りを見つけられたんだから、声をかけるぐらい別にいいでしょ? それに、面白い格好しているのね。九藤家の除霊士も大変。ちょっと、決め台詞を言ってみてよ」
「私の中の知恵の泉……って、知らない! アニメなんて見てないから、分かるわけないでしょ!」
 持っていたパイプを咥えようとして、途中で止め、全力でそう吠える。兎渡子は、面白そうにそんな様を眺めていた。
「可愛い」
「か、可愛くなんてない! もういいでしょ! どっか行きなさいよ、馬鹿!」
「段々、余裕がなくなってきて、ボキャブラリーが枯渇してきたみたいね?」
「こ、この九藤家の除霊士である私をからかうなんて、アンタもいい度胸しているじゃない!」
「ところで、私の知り合いを見つけたんだけど、許可書をもらっていないみたいで、許可書もらえる?」
「へっ?」
「許可書」
 話が急に切り替わって、女性は判断が追いつかない様子。
「あぁ、許可書ね。査定するから、いるの? ここに」
「はい、この子」
 兎渡子は、オドオドしている田沼を女性の前に突き出した。
「持ち物を確認するけどいい?」
「どうぞ」
 女性は、田沼の鞄の中を覗き込み、本を一冊ずつ取り出す。中身は確認せず、表紙だけで判断しているようだ。一通り全て確認した後、女性は田沼に鞄を返した。その後、自分の鞄からマイに渡した物と同じ青色のワッペンを手渡す。
「はい、大丈夫よ。私たちの仕事が増えるから、少しは自重してくれると……」
 また女性が嫌味を言おうとしたその時、兎渡子が鞄の中から一冊の同人誌を取り出して、女性の前に広げて見せた。
「ねぇねぇ、こんな同人誌買ったんだけど、どう?」
「ひぃやぁ! な、なんてものを見せるんですか! セクハラです、セクハラ!!」
「こっちもいいと思うんだけど……」
「だから、近づけないで! 本を開くなぁ! 警察に突き出しますよ! いい加減にしてください!」
 兎渡子は、意気揚々と女性に絡み始める。マイがそんな二人を見て、黒い笑みを湛えている事に気付いた蓮華は、そんな彼女から視線を逸らして、田沼へと顔を向けた。
「今のうちに、会場を出ておくか」
「あ、はい。でも、いいんですか? あの人……」
「終わったら連絡して来るさ」
 蓮華は田沼を連れて、会場を後にすることにした。マイは名残惜しそうにしながらも、蓮華たちに付いて来た。そして兎渡子は、その後一時間近く、女性に粘着するのであった。

 会場から少し離れたショッピングモールで、蓮華たちは兎渡子と合流した。兎渡子は、どこか満足そうな顔をしていた。
「結局、どうなったんですか?」
 マイが尋ねる。
「最後、座り込んで泣き出したから、逃げてきた。本気で泣くとは思わなかった……」
「お前、鬼だな……」
 蓮華はしみじみとそう呟く。その横で、『見たかった……』と残念そうにマイが呟いていた。
「さてと、田沼さん。荷物を入れ替えて、それから時間があるなら、少しお話でもしようか」
「あ、はい」
 こうやって、兎渡子の知り合いが増える事になった。その頃、兎渡子に付きまとわれていた女性はと言うと――。
「どうですか?」
 最初に兎渡子たちに声をかけたオタク風な男は、九藤家が設置していた救護室から出て来たメガネをかけたクールな女性に声をかけた。女性は、首を静かに横に振る。
「ダメね。全然泣き止まない。渚が、あんなに泣くなんて。何があったのかしらね」
「場所が場所なだけに、やっぱりエッチなイベントでも起こったんですかね! それは大変けしからんですなぁ!」
「けしからんのはお前だ! くたばれ、ブタ野郎!」
 メガネをかけた女性は、即座に男性の側頭部を蹴飛ばした。

 無事、福岡へと戻って来た兎渡子たち。田沼は、秋田へと帰って行った。
「ひふみ! 今日という今日は、貴様をくすぐり殺す!!」
 帰るなり、蓮華はひふみの部屋に踏み込んだ。しかし、ひふみの姿はそこにはなかった。
「あ、くそ! 逃げたか! まぁ、いい。どうせ、兎渡子の所だろう。しばらくすれば帰って来るだろうし、その時がひふみの最後だ」
 黒い笑みを湛える蓮華。居場所が分かっていても、追いかけるのは最善ではない事を蓮華は知っている。兎渡子が傍にいると、なんだかんだで兎渡子に言いくるめられてしまうのだ。蓮華にとって、兎渡子は最も厄介な存在だった。
 そんな蓮華の予想通り、ひふみは兎渡子の経営している幽世喫茶に足を運んでいた。
「お疲れ様、トトちゃん」
 トトちゃんとは、ひふみ専用の兎渡子のあだ名である。
「やっぱり直接行くと、なかなか楽しいものね。でも、今回ばかりはおれんも相当頭に来ていたみたいよ」
「あぁ……やっぱり? ちょっとやっちゃた感が強くてね、どうしよう。トトちゃん、助けてー」
 ひふみは、テーブルの上で上半身を伸ばす。まるで緊張感と言うものがない。
「いつでも私が助けてあげると思ったら、大間違いよ」
「トトちゃんが欲しがっていた、63レベルの15段改造の武器、上げてもいいよー」
「私はいつでもひふみの味方よ」
「やっぱり友達っていいよねー」
「ねー」
 二人で微笑む姿を、遠目で見ていたマイは――。
「この二人、程よく腐っていますね」
 とぼそりと呟いていた。
「新しい友達も出来たし、なんだか面白い奴と出会えたし……それに、おれんとマイと一緒に旅行も出来た。ひふみには、本当に感謝している。こんな機会を与えてくれて、ありがとうね」
「ん、急にそんな真面目な事言われると、照れちゃうよ。別にいいよー、レンちゃんもトトちゃんも、元気でいてくれるなら、ひふみも嬉しいもん。でも、レンちゃん、怒るとしつこいから、そこだけはいやー」
「素直に旅行に行ってこいとは言えないのよね、ひふみは」
「私は、レンちゃんに対しては常にツンでなければならないのです。まだまだ好感度が足りないのです。デレません、レンちゃんがもっと優しくしてくれるまでは」
「急にダメな標語を言い出したし」
 和やかな二人の会話は続く。その後、結局我慢しきれずにやってきた蓮華が合流するまで――。

 ここは幽世喫茶。
 時には旅行で不在の事もあるお店。

 END




<答え>

田沼秋の正体は、『狸』です。『田沼秋』→『たぬまあき』→『たぬ  き』→『たぬき』

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