堕天王の逝く道

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zoom RSS 幽世喫茶『川で行き倒れ人魚』

<<   作成日時 : 2011/03/31 08:45   >>

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誤字、文章の調整が終わりましたので公開します。



幽世喫茶
山の中腹に店を構える、閑古鳥に愛された喫茶店、それが幽世喫茶。しかし、幽世喫茶では風変わりな珈琲が振舞われるということで、人間ではなく妖に有名であった。その風変わりな珈琲の名は、『幽世珈琲』。
この物語は、幽世喫茶のマスターである乙衣兎渡子と、幽世珈琲に誘われた人たちが織りなす、ちょっと不思議なお話です。


登場人物
乙衣兎渡子(おとぎぬととこ):幽世喫茶のマスター。不思議な指を持っており、その指が触れることでただの珈琲が幽世珈琲となる。基本、ダメ人間。

マイ:兎渡子の持ち物である、マイセンカップが化生――妖になった存在。いわゆる付喪神(つくもがみ)。ずぼらで、働かない兎渡子の代わりに、店を切り盛りしている。幽世喫茶の最後の砦。

タカ:山の穢れを集積している厄神社。そこの主。高位の妖である。幽世喫茶の常連さんの一匹。

幽世喫茶 1話〜6話 http://www5f.biglobe.ne.jp/~pfive/tyouhen/shortstrory.html(HTML)
幽世喫茶 4話〜7話 http://47762756.at.webry.info/theme/8535815472.html(ブログ)


今回のあらすじ
散歩をしていたマイが、川で行き倒れている人魚を発見する。なぜ、山に人魚? その謎に兎渡子たちは挑む。
幽世喫茶、8話目です。


   幽世喫茶
   川で行き倒れ人魚

 6月の末。梅雨の晴れ間のある日。マイは、散歩に出かけていた。彼女は、幽世(かくりよ)喫茶という喫茶店で働く付喪神(つくもがみ)――いわゆる物に宿っている魂が、人に化けている存在である。いつもは、黒を基本としたメイド服を身に纏っているが、今日は青いスカートに白の長袖といういでたちである。散歩に行く時ばかりは、服が汚れると困るということで、洗うのが簡単な服装というわけだ。ちなみに、この服は彼女の持ち物というわけではない。幽世喫茶を経営している乙衣兎渡子(おとぎぬととこ)が、親にもらったが恥ずかしくて着られなかったのものをマイが譲り受け、寸法を合わせたものである。マイは、見た目中学生ぐらいの容姿で、身長も百五十センチに足りてない。百六十センチをオーバーしている兎渡子の服を、そのまま着る事は出来ないのである。
 マイの散歩コースは、だいたい決まっている。幽世喫茶は、山の中腹にある。そこから細い道を下っていき、途中から川沿いにまた登っていく。川の傍を歩くのが、マイのお気に入りだった。川は、上流に区分される場所であるため、大きな岩がゴロゴロと転がっており、その大きな岩に挟まれた場所を、勢い良く水が流れて行っている。
 彼女が、いくら人ではない存在であるとはいえ、川の流れに呑まれてしまったらタダでは済まない。そのことを彼女も分かっているので、川には近づき過ぎない場所を歩いていた。
 そんないつもの散歩コースに、いつもはないものがあった。それは遠目から見ると、岩と岩の間に、何か細長い魚を頭から突き刺したような姿だった。大きさは、下手するとマイよりも大きいかもしれない。岩から飛び出ているそれは、近いものを用意するならば、しゃちほこ、なんてものは近いのかもしれない。
 好奇心を刺激されて、近くまで寄っていた彼女がそこで垣間見たその異様な物体の正体は――。
「半魚人?」
 下半身は魚。上半身は、少女という――マイが呟いた半魚人よりも、人魚と呼んだ方がしっくりとくる存在だった。しかし、ここはもう一度繰り返すが、川の上流に区分される場所。人魚と言えば、海。川なら、どちらかというと河童ではないだろうか。しかし河童も、さすがにこんなに岩がゴロゴロしている所では、生活できないと思われる。
 なんにせよ、一大事。マイは、慌てて幽世喫茶へと戻った。客のいない店内。カウンターの奥で、小説を読んでいる兎渡子に事情を説明すると、兎渡子はどこか呆れたような表情を浮かべた。
「川に半魚人? ダゴン?」
 ダゴンとは、神話やクトゥルフに出て来る、半魚人というよりかは、魚が二足歩行しているような存在の事である。あれは、魚人間とでも呼ぶべきだろう。
「あんなキモイのではなくて! 上半分は、女の子なんです!」
「それ、人魚って言わない?」
 兎渡子の突っ込みに、マイは言葉を詰まらせた。わざとらしく咳払いを一つ。何事もなかったように、マイは『人魚がいたんです!』と言い直した。兎渡子は、クスクスと笑う。マイは、恥ずかしさでほんのりと頬を染めていた。
「人魚か。こんな所にいるわけがないと思うけど、マイが私にウソをつく理由がそもそもないし。案内して。面白そうだし」
 兎渡子は、読みかけの本をパタンと閉じて、立ち上がった。
「あ、持って行くか」
 兎渡子の視線の先には、コーヒの豆を入れた缶が転がっていた。

 兎渡子を連れて、現場へと戻って来たマイ。周りを見渡してみるが、人魚と思われるものがまるで見えない。マイは、首を傾げた。
「どこにいるの?」
「そこら辺でした」
 マイは、手前の岩ばかりの光景を、右の人差し指でおよそ九十度程度の円を描き示す。その曖昧な答えに、兎渡子は嘆息を吐く。
「岩しかないわよ」
「ちょっと探してきます」
 マイは、岩の上を慣れた様子で進んで行った。兎渡子は、それを見送りつつ、近くの岩に腰かけた。
 それから間もなくの事である。
「キャァーー!」
 マイの悲鳴、続く、川に大きなものが落ちた音。兎渡子は、すぐに立ち上がった。
「マイ?」
 川にでも落ちたのだろうか。普段、まるで運動をしない兎渡子。慌てていることもあって、その歩みは危なっかしい事この上なかった。そうしている内に、またマイの声が聞こえてきた。
「ちょっと! 私を食べないで!」
 川に落ちたわけではないようだ。
「食べる? 食べるってなに?」
 状況がまるで分らない。もしや、マイが言っていた人魚に襲われているのか。しかし、人魚が人を襲うなんてことは聞いたことがない。外国の、歌声で船員を惑わすセイレーンなんかも人魚に見えない事はないが、それでも直接人間を喰ったりはしない。人魚のように見えて、人魚ではなかったのか。
 いくつかの岩を超えて、兎渡子が目にした光景は――川に浸かったマイ、その右腕に噛み付いている、十代の半ばぐらいの少女という、一言では言い表せない異様な光景だった。
「えっと……」
「見ていないでなんとかしてください!」
 マイは、悲壮な顔でそう訴えてきた。しかし、そんな世界が終わってしまったような泣き顔で訴える必要があるほど、緊迫した状況にはどうしても見えない。
 兎渡子が呆れた顔をしていると、突然人魚が勢い良くマイの右腕から口を離した。マイは、自分の手を折り畳み左腕で抱くと、そんな人魚をねめつけた。
 その刹那(せつな)――。
「シリカゲルの匂いがする!」
 シリカゲル、それは食べ物やタンスの中身を湿気から守る、科学のお守りである。マイの中の何かが、その時切れた。多分、堪忍袋の緒だと思われる。
「魚肉ソーセージにしてあげます」
 マイは、近くにあった一抱えもあろうかという岩を、いとも簡単に抱え上げ、頭上高くかざした。どこにそんな力があるのか。これこそ、妖(あやかし)の力なのか。それとも、怒れる乙女のパワーなのか。
 人魚は、すっかりと怯えきっていた。
「あの、助けてください!」
 そして、なぜか兎渡子に助けを求めてきた。加害者と被害者が、逆転した瞬間であった。「マイ、人魚の魚肉ソーセージに興味がないことはないけど、話ぐらいは聞いてあげましょ」
「それは、話次第では魚肉ソーセージにしてもいいということですね」
「いいよ」
「そんな、あっさりと!」
 この瞬間、ようやく人魚は兎渡子も敵だと認識したようであった。マイは、岩を地面に戻す。ドシーンと腹に響く音がしたことから、相当な重量であるようだ。兎渡子は、口には出さなかったものの、内心『この子、やっぱり怖いわ』と思っていた。
「ねぇねぇ、あなた人魚なんでしょ? 人魚の魚肉ソーセージを食べたら、不老不死になれる?」
 最初の質問から、酷い内容だった。人魚は、涙を溜めており、哀れさを誘っていた。
「それは人間が広めたデマです! 私たちを食べても、不老不死なんかになれません!」
「そうだと思った。じゃ、あなたがマイに噛み付いていた理由は? 彼女、言っておくけど、人間じゃないからね」
「やっぱりそうなんですね。すっかり騙されました」
 マイの方を見て、すぐさま人魚は再び目を逸らした。マイが、殺意のこもった瞳で見下ろしていて、怖かったからだ。
「さて、何から聞こうかな。先に名前は? 私は、兎渡子。そっちの子がマイね」
「ルリサ」
「ルリサね。じゃ、次は何故マイに噛み付いたのか。人魚って、人間を食べたりするの?」
 何か都合が悪い事があるのか、人魚――ルリサは、視線を逸らした。
「マイ、魚肉ソーセージ」
「は、話すから!」
 ルリサの反応は、非常に早かった。

「人間になりたかった?」
 要約すると、そういうことらしい。ルリサの話を信じるのであれば、人魚は日本海のある場所に国を持っているとのこと。そこでの生活に飽きたルリサは、人間になって陸に上がりたいと考えるようになった。そこで色々な人魚に話を聞いた際、『人間を食べれば人間になれる』という話を聞くことになる。
「対価として、アジ五十匹支払いました」
 通貨の基準がよく分からないが、そんな情報に対価を払ったようである。兎渡子は、呆れた顔をしていた。
「こんな話を知っている?」
 ルリサは、小首を傾げた。顔立ちが愛らしいので、そんな仕草がたまらなく可愛い。しかし、それにぐらりと来るような男性は残念ながらここには居ないが。
「職人の腕を食べれば、その技術が身に付く。足の速い人の足を食べれば足が速くなる。天才の脳を食べれば賢くなる。なると思う?」
「そんなのなるわけないと思います」
「ですよねー」
 兎渡子の棒読みの台詞が、静かに余韻を残した。その余韻の狭間、ルリサも気付いたようである。
「人間を食べても人間になれるわけ……」
「ないよねー」
「騙された……の?」
「向こうも騙されると思わなかったんじゃないかな」
「ですよねー」
 マイが追従した。ルリサは、両手を大地に付けてうなだれた。
「なんて酷い現実!」
「そんな理由で噛まれたんですね、私。マスター、魚肉ソーセージにしてもいいですか?」
「せっかくあの陰気臭い場所から出て来られたのに、私、こんな所で死にたくない!」
 ルリサは、涙ながらに言った。
「正直人魚の事なんて、おとぎ話程度しか知らないから、何も助言してあげられない。でも、タカなら何か知っているかもしれないわね」
 兎渡子は、ポケットから古びた小さな笛を取り出した。空を仰ぎ、息を吹き込むことで、高く音色が響いた。それから間もなくして、バサリと翼が翻る音がしたかと思うと、大地を大きな影が過った。そして、まっすぐに上空を旋回していた何かは、勢いよく大地に突き刺さった。もうもうと上がる土煙。その中から、古びた着物を身に纏った、ボサボサの髪の男が姿を現す。そのボサボサの髪で顔の左半分は隠れており、その姿は浮浪者そのものであった。
「私を呼んだか?」
 凛とした声が響く。身なりとの違和感を覚える、とても透き通った声音だ。彼の名は、タカ。幽世喫茶の近くに存在する厄神社を縄張りとしている妖であり、幽世喫茶の数少ない常連客でもある。
「タカ、もう少し穏やかに登場できないわけ?」
 舞い上がった砂煙を追い払うように、兎渡子は右手でパタパタと仰いでいる。
「演出が命だ」
 タカは、そんな事を断言した。兎渡子も心底呆れた顔をしたのは、言うまでもない。
「それよりも、私を呼んだか?」
「少し知恵を貸してほしくてね」
 兎渡子の視線が、タカの登場にびっくりしているルリサに注がれた。
「人魚か。初めて見たな」
 タカは、少し離れた所の岩の上に立ち、ルリサを見下ろしている。彼は、己が纏っている瘴気(しょうき)――負のエネルギーが、他に影響を及ぼすことを知っているため、わざわざそういう立ち位置を選んだのである。
「ルリサって名前みたい。彼女、人間になりたいみたいでね」
「そうか。なぜ、人間に?」
 その質問は、ルリサに向けられていた。
「それは……」
 ルリサは言葉を濁らせた。
「もしかして明確な理由がないの?」
 兎渡子の言葉に、『それは……』とまた繰り返す。少しの沈黙を経て――。
「私にも……良く……分かんないです!」
 やけくそに言い放った。
「ただ、私は人魚じゃなくて、人間として生きたい! 人魚なんて嫌だって、よく分かんないけど、そういう思いがどんなに頑張っても振り払えなかったんです!」
 タカは、そんなルリサを静かに見下ろしていた。その瞳は、黒く淀んでいたがどこか、優しい輝きを内包しているようだった。
「人魚とは、生まれたその時から人魚なのか?」
「えっ?」
 ルリサは戸惑い、『分かりません』と答えた。
「私は、気付いたら人魚でした。皆、同じように言います。でも、人魚に子供は作れません。なぜなら、男がいないからです」
「西洋には、マーマンという男の人魚もいたはずだけど。まったくいないの?」
「はい。すべて女性です」
「自然発生でもするのかな」
 難しい顔で、兎渡子が空を仰ぎながら呟く。
「兎渡子殿、彼女に幽世珈琲を飲ませてみてはどうだ?」
「幽世珈琲を? 一応持ってきてはいるけど」
「人魚がどのような存在なのかはわからぬ。だが、彼女の深層心理は、人魚であることを拒絶しているようだ。ならば、その深層心理、幽世珈琲の力で表面に引っ張り上げる事が出来るのではないか」
 兎渡子の特殊な指が触れる事で生成される珈琲。それを、幽世珈琲と呼ぶ。幽世珈琲には、失われた思いや記憶を復元させる効果がある。しかし人間に対しては効果が強すぎるため、専(もっぱ)ら妖に対して振舞われていた。タカも、幽世珈琲を常用している妖である。
「一理あるか。まぁ、飲んでみるだけなら問題ないしね」
 あらかじめ水筒に入れてきていた珈琲を、水筒の蓋に注ぎ、それをルリサに手渡した。珈琲の独特な心が温まる優しい香りが広がる。ルリサは、静かに黒い水面を見つめていた。
「少しだけ不思議な力があるだけの、ただの珈琲よ。あ、砂糖とかミルク持ってきてないから、苦いだろうけどそのまま飲んでね」
 ルリサは、不安げな表情で兎渡子を見上げた。兎渡子は、そんな彼女を安心させるように、薄く笑った。あまり上手な笑みではないのは、彼女が笑い慣れていないからだ。しかし、そんな不器用な笑みが逆に自然であったため、ルリサは砂が水を吸い込むように、彼女の気持ちを信じる事にした。
 幽世珈琲に唇を付ける。痺れるような熱さで、顔をしかめた。息を吹きかけ少し冷ましてから、もう一度唇を付けた。口の中に広がる苦味。その苦味の奥から甘みが広がっていく。苦いようで、甘いようで。そんな不思議な味に包まれていく――その狭間で、ルリサは、映画を見るような感覚で記憶にない光景を見た。
 たくさんの机が並び、たくさんの同じ服を着た人たちが一様に座っている。板を引っ掻く白い棒の音が響く中、窓から青い空を望む。涼やかな風に、新緑の匂いが混ざっていた。
 映像が変わる。
 『ただいまぁー』という声。それはルリサの声だった。見たことはない、けど懐かしさを感じる女性が優しく微笑み、『おかえり』と返す。テーブルの上には、見たこともない料理が並んでいた。でも、やっぱりそれらすべてがどこか懐かしい。
 映像が変わる。映像が変わる。映像が映りゆく――。そして、最後に見たのは、海岸から広がる海を、何人かの人間と一緒に見ている光景だった。
 ルリサの瞳から、涙が零れ落ちた。それは幽世珈琲に注がれ、小さな波紋を一つ、二つと奏でた。
「私、一旦帰る」
 ルリサは、ぽつりとそう言った。
「あの……ごめんなさい。噛み付いたりして」
「別にもう気にしていませんから」
 マイは、穏やかな口調でそう返した。内心は、まだ許せていないのだろうが、彼女も空気を読んだのだろう。
「それと、兎渡子さん……あと……」
「タカだ」
「タカさん、ありがとう。おかげで何とかなりそうです」
「手伝えることがあるなら、手伝うけど」
 兎渡子の言葉に、ルリサは首を横に振った。
「これは、私の問題ですから」
 そうやって、ルリサは水の中に潜り、川を下って行った。
 その後、彼女がどうなったのかは分からない。ただその内、『遊びに来ましたぁ!』と、幽世喫茶を訪れて来るような、そんな気がしていた。

 ここは幽世喫茶。
 人魚の帰りを待つお店。

 END



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