堕天王の逝く道

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zoom RSS 空白ノ翼第四章 第二話

<<   作成日時 : 2010/08/04 15:18   >>

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修正分と差し替え。誤字と文章の調整のみです。

4月29日
全部書き終わって、見直したときに不備が見つかることがあるので、『調整中』です。
全三話の第二話になります。

過去の話は、
http://47762756.at.webry.info/theme/6e16817afc.html
第一章や、キャラの紹介などは、
http://www5f.biglobe.ne.jp/~pfive/kuuhaku/kuuhaku.html


空白ノ翼 第四章『人形になった少女』

第一話 『暴力少女に襲われて』は、
http://47762756.at.webry.info/201004/article_8.html

第二話 『打倒せよ! 奴の名は杜若』

 櫻(さくら)町商店街の一角にあるファミレス。ここ最近出来たこのファミレスは、周りの飲食屋に大打撃を与えたとか。そんな経営者側にしか縁のない話は、今は必要ない。昼を過ぎているとはいえ、大入りの店内。賑やかな声が響きあう場所において、圧倒的に湿っぽい連中がいた。
 ファミレスの禁煙席の端。
 神山聡(かみやまさとし)は、ソファーに寄りかかり天井を仰いでいる。彼の前には、テーブルに突っ伏しているポニーテールの女。聡を蹴り飛ばした張本人である。が、今となっては運命共同体である。
「くっそぉ・・・背中いてぇ・・・」
 背中からの鈍痛が聡を苦しめている。
 意識を取り戻した後、同じく目を覚ましたポニーテールの彼女を連れて、このファミレスへとやってきた。
「お腹・・・痛い・・・」
 ポニーテールの女の呟き。聡は少しばかり体を起こして、そんな彼女を見た。
「なぁ、とりあえず自己紹介から初めとかないか?」
「月野静流(つきのしずる)」
 端的にポニーテールの女――静流は答えた。
「俺は神山聡だ。俺を蹴り飛ばした事はとりあえずはいい。何があったのか、教えてくれないか?」
「あなたは、背中から蹴られたのよ。あぁもう。全然、分かんない」
「何が分からないんだ?」
「私とあなたを蹴り飛ばした人は、夕音(ゆうね)・・・私の友達と同じ顔をしていた」
「同じ顔? 双子なのか?」
「違う。夕音には妹はいたけど、双子ではないし、顔も似てない。そもそも妹はいきなり他人を蹴ったり殴ったりするような、乱暴な性格でもなかった」
「・・・で、その夕音というのが、あの何を言っても反応しない女の子のことだよな?」
 ゲームセンターで絡まれていた小学生ぐらいにしか見えない女の子。彼女は話しかけても全く反応をせず、まるで人形のようであった。
「そう・・・赤咲夕音。私の親友」
 静流が、少し顔を上げた。その顔には、腹部の痛み以外の苦悶が現れていた。
「私、ずっと夕音に会いたかった。夕音は、三月の終わりに事故に遭って・・・それから全然会わせてもらえなくなって・・・やっと会えたと思ったのに」
「声をかけても反応しない。しかも、夕音と同じ顔をした奴に襲われた・・・全然分からんな」
 聡は、立ててあるメニューを手に取った。
「とりあえず、なんか食うか。奢るから、好きなもの選べよ」
 手に取ったメニューを静流へと渡そうとする聡。静流は、ぽかんとそんな聡を見上げていた。
「なんだ? なんでもいいぜ。それとも、腹が痛くて食べられないのか?」
「い、いえ・・・そういうわけじゃありませんけど・・・」
 メニューを受け取って、静流はパラパラとめくる。途中でその手を止めて、メニューで顔を少し隠しながら、聡の顔を窺った
「・・・あの」
「ん?」
「私、あなたのことを後ろから蹴り飛ばしたんだけど」
「そのことはもういいって言っただろう。気にすんな」
「私・・・思い込みが激しくて・・・」
 顔を再び伏せて、震えている静流。聡は静かに見守っていた。
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
「夕音って子のことが大切だったんだろう? だから、それでいい。それで俺は納得したんだ。そんなに気に病まなくていい。それよりも、メシ、頼もうぜ」
 静流は、メニューの向こう側で静かに頷いた。食事を終えて、一息吐く。その頃には静流もすっかりと落ち着いて、その表情に活発な笑顔を浮かべるようになっていた。
 静流から、詳しい話を聞く。
 夕音と静流は、幼馴染。少し仲違(なかたが)いをしていた時期もあったが、それも過去の話とのこと。三月の末、家族旅行中に事故に遭い、夕音一人だけが生き残った。その夕音が収容された病院を聞き出そうとした所、夕音の祖父から『面会謝絶だ』と断られてしまう。そんな状況で、すでに二ヶ月と半分。ここに来てその夕音が、噂でこの櫻町のゲームセンターに出没していると聞き、静流はこの町へとやってきた。そこで静流は、確かに夕音と出会ったのだが、その夕音は静流の言葉に何の反応も示さなかった。その事を探ろうとしたら、もう一人の夕音が現れて、聡を背後から蹴り倒し、静流は腹部を殴られ気絶させられ、意識が戻った頃には二人とも消えていた。それが、事の顛末(てんまつ)であったと静流は話を区切る。
「反応しなくなった夕音と、暴力的な夕音。どっちかが本物で、どっちかが偽物・・・ということなのか? そんなオカルトな話があるのか?」
「赤咲家はかつて・・・えと陰陽師(おんみょうじ)? なんだか、それっぽい集団の末裔(まつえい)だと聞いたことがあります」
「・・・なんにせよ、もう一度夕音に会わなければならないな」
「でも、会っても話をしてくれない気がする。だって、私たちは問答無用で気絶させられたんですよ」
 静流が言う事は一理ある。無害な方の夕音を捕まえる事は問題ないが、有害な方の夕音は正直手に余る存在であった。
「ちなみに、夕音って子は強いのか?」
「滅茶苦茶強い」
 静流は、やはり端的にそう告げた。それだけに、言葉の迫力が違っていた。聡は、困り果て首を捻った。
「ん〜・・・なら、助っ人がいるなぁ・・・。月野さんの知り合いに、夕音と戦えそうな人は?」
「そうですね・・・昔、夕音を圧倒した人はいたんですけど・・・」
「本当か?!」
 身を乗り出してくる聡。しかし、静流は苦笑いして手を横に振った。
「もう、いないんです。死んじゃいましたから」
「あ・・・そうなのか」
「でも・・・あ、そうだ。椿ちゃんなら、渡り合えるかもしれません」
「椿?」
 その名前には、聡も聞き覚えがあった。
 まだこの町に来て日が浅かった頃、小泉由紀子(ゆきね)というツインテールの女子高生と出会った。彼女の事を、『茜(あかね)』と呼んでしまった聡。その『茜』という名前を口にしたことで、過剰に反応したのが、椿――橘(たちばな)椿と言う、漆黒の長い髪が印象的な和風美人であった。その後、体育祭の時にもう一度会っている。まさか、ここでその名前が出てくるとは、聡も思わなかった。
「橘椿です。赤咲道場と、古くから交友がある橘神社の長女で、たまに道場に遊びに来るんです。赤咲道場は、薙刀(なぎなた)を教えているんですが、夕音とまともに渡り合えたのは、師範か椿ちゃんだけでした。ちなみに夕音を圧倒したのは椿ちゃんのお兄さん、数馬さんです」
「・・・世間って狭いもんだな」
「えっ?」
「いや、なんでもない。なら月野さん、その橘椿って言う人に頼んでくれないか?」
「分かりました」
「決行は、来週の日曜日だ」
 その後、二人はたわいもない話で盛り上がった。

 次の週の日曜日。聡は、静流との待ち合わせ場所である櫻駅と向かった。六月になったというのに、雨なんて降る気配がない。かんかんと照る太陽が、大地を焦がす。聡は汗を拭いつつ、櫻駅の前の大通りを渡りきる。そこで櫻駅の入り口の側、影になっている部分に立っている少女に気付く。長い髪を首筋付近で一結びし、その髪の先端は腰ほどまである。顔立ちの凛々しい、和風美人。青いスカートの下にスパッツを履き、上は同じく薄い青い色のシャツの上から茶色のカーディガンを纏っている。
「よっ、久し振り」
 聡が声をかけると、少女――橘椿は、驚いて目を丸くした。
「あ・・・久し振りです。息災そうでなによりです」
「月野は、まだ来てないんだな」
「・・・静流さんはまだ来てはいませんが」
 困惑する椿。その瞳が説明を求めている事に聡は気付いた。
「あぁ、月野の奴、何も話してないのか。俺も、月野に協力しているんだ。偶然、俺がゲーセンで夕音を見かけて、その後アイツに蹴り飛ばされて、で、もう一人の夕音にぼこられて。さんざんな一日だったぜ」
 からからと笑うが、椿はそれには乗ってこない。静かに聡の話を聞いていた。それでも聡は、特に気にした様子を見せはしなかったが。
「そうですか。夕音さんが二人。静流さんから聞いた時、信じられませんでしたが・・・よくよく考えたら、もしかしたらありえる話なのかもしれません」
「なんか、心当たりがあるのか?」
「あなたにはお話できません。あ、気を悪くしないで下さい。静流さんにもお話できないことなので。夕音さんの家には、不思議な事がある、その程度分かっていれば問題ありません」
 椿の話は要領が得ない。それは、最初に出会った時もそうだった。
『とっても重要な名前よ。一般人が知っていていい名前じゃないわ。あなたは何者? なぜ、由紀子さんを『茜』と呼んだのか。知らないで済ませないわよ』
 櫻町で出会ったツインテールの女子高生、小泉由紀子の名前を間違えて『茜』と読んでしまった事について、椿からこういう風に言及されたことがある。聡が一般人ならば、椿は何人なのだろうか。聡は、そんな栓のないことを考えていた。
「一人の人間が二人になっちまう。そんなことが起こりえるほどの不思議がある、というのか?」
「世の中そういう不思議な事が、あなた達が認知していないだけでたくさんある。そういうお話です」
「ふ〜ん・・・」
「私から見れば、あなたも十分不思議な人です」
「そりゃそうだ。天然モノの記憶喪失だからな」
 聡が冗談を言うと、椿は冷たい目でそんな聡を見た。
「記憶喪失に天然も養殖もありません」
 根が真面目すぎる椿に、冗談は通じないようである。聡は、ただ苦笑していた。
 待ち合わせの時間は、十三時。今は、五分前である。静流の姿はなく、聡は椿と話をしながら静流を待った。話す――と言っても、会話は一方通行。椿から話しかけてくるということはない。
 静流は、十分ほど遅れてやってきた。
「ゴメン! 途中、道が混んでてさ!」
 彼女は、駅の改札口の方からではなく、駐輪場のほうからやってきた。商店街には大きな駐車場がない。そのため、駅の近くの駐輪場を利用しているのだ。
「さぁ、早く行きましょう」
 静流が来ると椿はさっそく商店街の方へ歩き出した。その怖い雰囲気に、年上であるはずの静流の表情が強張った。
「も、もしかして椿ちゃん怒っている?」
「いいえ。時間を無駄にしたくないだけです」
 椿と静流は話をしながら商店街へ。聡は、その後ろをのんびりと追いかけた。椿が立腹している原因が、聡自身にあることなど、彼も静流も気づく事はなかった。
 先週訪れたゲームセンターへと入る。最初に先週いた場所へと行ってみると、これが一発でビンゴ。相変わらず不思議な触覚のような二本の髪を生やした夕音を発見した。が、問題があった。今日は、先週と違って同じ顔の少女がぴったりと側に寄り添っていたのだ。
「あれが・・・もう一人の夕音か」
 聡が最初に会った方の夕音は、ほわ〜んとした印象で表情も変化しないし、言葉もまともに喋る事ができなかった。それと違い、もう一人の夕音――聡と静流を気絶させた方は、夕音と同じ顔だが目つきが悪い。こちらには二本の触角はなく、白のカッターシャツとジーパンといういでたちである。
「本当に瓜二つですね。触覚の有無と目つきの悪さで、判別は出来るみたいですが」
「見た目からすると、目つきが悪い方が夕音っぽいけど、夕音には触覚があったから触覚だけで判断するなら、ゲームしている方が夕音なんだろうなぁ・・・」
 静流は、頭を悩ませている。
「本当に双子という説はないのか?」
 ここまで瓜二つだと、双子以外の答えが見当たらない。しかしそれは、静流が否定する。
「絶対ない。夕音に双子はいない」
「そうですね。双子はありえません」
 椿も同意する。こうなると、双子ではない事を受け入れなければならない。ならば、この良く似た二人はどういう仕掛けなのだろうか。
「とりあえず、話をしてみるしかないか」
 静流が、触覚のない方の夕音へと近づいていく。
「ちょっと静流さん・・・!」
 いきなり接近する学習力のない静流を、慌てて追いかける椿。聡はとりあえず経過を見守りつつ、いつでも介入できる場所まで移動する。
 静流の接近に気付いた触覚がない方の夕音。触覚がある方の夕音を守るように立ち塞がり、静流を睨み付ける。こちらには、表情があるようだ。
「夕音、先週はよくもやってくれたじゃない。相当、痛かったんだからね」
「・・・私は夕音ではない」
 驚いたことに、こちらは言葉も喋る。触覚のある方の夕音とは、随分と違っていた。
「夕音ではないって、どう見ても夕音じゃない!」
「触覚がある方が夕音。私にはない。だから、夕音ではない」
「なら、あなたは誰よ」
「私は、杜若(かきつばた)」
 触覚がない方が、杜若と名乗った。静流の後ろで、椿が怪訝そうに眉を細めている。
「カキツバタ? それ、花の名前でしょ。あなたの名前を聞いているんだけど」
「お前、相変わらず馬鹿だな。主語で、『私は』と言った。人の話を聞け。馬髪」
「馬髪っていうな! それに、夕音に馬鹿とは言われたくないんだけど! 割り算の計算がまともに出来なかった、痛い子はどこの子よ!」
「人類に割り算なんて必要ない! それと、私は夕音ではない! 杜若! いい加減覚えろ。脳みそまで筋肉なのか!」
「脳みそなんてそもそも入ってない人に、そんな事を言われたくない!」
「二人ともやめてください!」
 見ていられなくなり、椿が介入した。周りの視線が痛い。興が冷めた、とばかりに杜若は静流と椿に背を向けた。
「帰れ。話すことはない」
「こっちにはあるのよ!」
「あまり騒がしくするなら、ここで暴れる」
 杜若の視線が、ウソではない事を現していた。言葉に詰まる静流の肩を、聡がポンと叩く。
「とりあえず、撤収だ」
「撤収?! なんで!?」
 聡の手を振り払う。だが、聡はまったく動じていなかった。聡の静かな光を湛える瞳を見ている内に、静流も少しずつ落ち着きを取り戻す。
「ここでは分が悪い」
「彼の言う通りです」
 静流は、恨めしそうに触覚がある方の夕音の背中を見て、聡と椿の言葉に従った。
 ゲームセンター横の路地へ集まる。そこで聡は、今後の動きについて説明した。
「入り口が一個しかない以上、必ずそこから二人は出てくる。その後を追いかけて、人気がない所で襲撃、鎮圧、確保。で、どうだ?」
「ただの暴漢じゃないですか、それ」
 静流の鋭いツッコミが入る。
「言葉はアレですが、彼のプランが妥当だと私も思います。このまま引き下がるわけには行きません」
「だよね。杜若って、どう見ても夕音なのに」
「偽名である事は間違いありません。そもそも杜若と言う名前は、赤咲家の始祖のお名前です。彼女が夕音さんである事は間違いなさそうなんですが・・・なら、触覚がある方の夕音さんは一体・・・」
 考える仕事は、今のところ椿と静流に任せるしかない。二人が話をしている間、聡はゲームセンターの入り口を監視していた。
 一時間と三十分が経過。触覚の生えた方の夕音が、ゲームセンターから出てきた。ふらふらと頼りのない足取りで、左側――聡たちがいる方とは、反対側へと進んでいく。それから間もなくして杜若も出てきて、そんな夕音の後ろを付いていく。
「出たぞ」
 聡はそう告げて、夕音を追いかける。静流と椿もそれに続いた。
 商店街のアーケード街を北上していく二人。櫻町は、出るのも入るのも南西からしか入ることが出来ない。北、東、南側は山に覆われており、西側は海になっているためだ。北へと向かっている所から、彼女はこの町から出ることはなさそうである。
 アーケード街を出ると、大通りに出る。ここから左に行き、突き当りを左に行けば櫻駅があり、また櫻町から出る道路へと繋がっていく。夕音は右に曲がり、道路沿いを進んでいく。この道は、途中でカーブを描きながら、櫻町をぐるりと一周している。
 触覚のある方の夕音は、一度も振り返ることなく機械的に進んでいく。杜若は少し距離を置いて、彼女もまた黙々と後を付けている。二人には会話はない。触角のある方の夕音が言葉を喋れないので、話しかけた所で返事はないのだが――ひたすら黙々と歩いている姿は、どことなく奇妙な光景であった。
 椿の家である橘神社の石段を横切る。徐々に人気がなくなっていく。聡たちは電柱に隠れたり、細い道に隠れたりしながら、後を追いかけていた。
「そろそろ仕掛けるか?」
 聡が静流に確認する。静流は周りを確認して、それから静かに頷いた。そして、椿へ目配せする。
「分かりました。私が、あの杜若と言う子を抑えます。ただし、私に過信は禁物です。正直、相手があの夕音さんならば、私では時間稼ぎが精一杯です」
 静流は、それでもいいと頷く。
「頼んだぞ」
 本当は手を貸したい所だが、聡は全てを椿に託す事にした。本能的に彼も感じているのだ。聡も喧嘩にはそこそこの自信があるが、椿と夕音の戦いは喧嘩の枠を超えた『戦(いくさ)』である。素人に毛が生えた程度の聡では、邪魔にしかならない。
 聡の言葉を聞いて、椿は内心少し彼のことを賞賛していた。ここで手伝うなんて言い出したならば、頭を叩いてやろうかと思っていたからだ。
「では橘椿、推して参ります」
 飛び出す椿。静流と聡がそれを追いかける。気配に気付いて、杜若が振り向いた。触覚の生えた夕音は、関係なく歩を進めている。
 椿は一気に間合いを詰めると、足を止めて杜若と対峙した。勢いのまま殴りかかっても、杜若には届かない。それどころか、一撃で沈められる可能性もある。聡と静流は、そんな二人の横を走り抜けていく。杜若はそちらをちらりと見ただけで、動きはしなかった。彼女も分かっているのだ。ここで動けば、椿に格好のチャンスを与えてしまう事に。
「ちっ・・・椿」
 構えらしい構えもない杜若。だが、椿にはそれがとても恐ろしく見えた。杜若と名乗っているが、やはり彼女の実力は夕音とほぼ同じ。しかも今は、どちらも無手。正直、椿は格闘術には自信がない。静流には、『時間稼ぎが精一杯』と見栄を切ったが、それさえできるかも怪しい限りだ。
「・・・スパッツを下げる」
 椿は、慌ててスカートの裾を押さえた。
「な、なぜスパッツなんですか!?」
「椿はいつもガードが固い。たまには、サービスしないとね」
「そんなサービスするつもりはありません!」
 刹那、椿は直感的に体を少しばかり後ろに下げた。いつの間にか踏み込んできていた杜若の右手が空を切る。
「くっ・・・卑怯な!」
 体勢を整えようとした所で、足払い。バランスを崩した椿であったが、倒れる前に右手を付いて体を回転させる。そして、杜若から距離を取るつもりであったが――着地した所で、杜若の右の手の平が椿の腹部を捉えた。
「がっ・・・!」
 空気を吐き、膝を付く椿。喘(あえ)ぐ彼女に背を向け、杜若は静流と聡の方へと向かっていく。その時にはすでに静流は、触覚のある方の夕音を捕まえていた。
「夕音! 私よ! 月野静流! ねぇ、聞こえてないの?!」
 触覚のある方の夕音にそう声をかけるが、やはり彼女の方は無反応。ぽかんと静流を見上げている。
 杜若の接近に気付いたのは、聡。椿が一瞬でやられてしまった様を彼も見ていた。顔をしかめつつ、静流に言う。
「月野、椿がやられた! 逃げろ!」
「えっ?! 嘘ぉ?!」
 迫る杜若。逃げろと言ったが、逡巡(しゅんじゅん)していた静流は致命的に逃げ遅れていた。聡は、杜若が来るのを身構えて待つ。椿が一瞬でやられてしまった以上、聡には最早どうにも出来ない事は分かっていた。だが、もう戦えるのが自分しかいない以上、四の五の言ってはいられない。
「くそっ・・・どうにかなる気がしねぇなぁ」
 初手を抑えられる自信もない。身なりは小さいが、聡には死神に見えた。杜若の瞳には、僅かな余裕もない。
 杜若が迫る。聡も、彼女を止めるため踏み込もうとしたその時であった。
「お困りのようですので、助けに参りましたわ」
 聡の前に突如現れたのは、黒のジャケットを羽織った背中。どこから現れたのか。黒い髪を背中の半ばほどまで伸ばした、ニコニコと笑う美しい女性。全身黒いスーツ姿で、すらりとしたスタイルの良さは、まるでモデルのようである。聡は、彼女を知っていた。
『今日は、聡様に渡しておきたいものがありまして。就職が決まったご様子なので、ちょうど宜しかったですわ』
 虹野(こうの)印刷に就職が決まった時、聡の戸籍謄本を持ってきた人である。名前も知らない、謎の女性。病院に搬送された後、幼馴染の坂田斎とトラブルになり、部屋を飛び出した斎を追いかける時も彼女は姿を見せた。
「アンタは・・・」
 聡は、驚いて言葉を紡げない。そんな彼の前で、不思議な光景が展開された。突っ込んできていた杜若が、突然足を止めて少し後ろへと下がった。その顔には、明らかな焦りが滲んでいた。圧倒的な力を持っていた杜若が、彼女の前では小さく見えた。
「あの子を止めれば良いのでしょ? お任せください。こういうのは、私の得意分野ですわ」
 謎の女性は両手を少し開いて、不敵な笑みを浮かべたまま、杜若へ向かって小さな一歩を踏み出した。


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空白ノ翼第四章 第三話 調整中
まだ、調整段階ですが。 概ね、95%程度は完成していると思います。冒頭でプロットが倒れて、ノープロットで書いています。でも、最初のプロットよりかは、ずっといい話で終わってくれました。ただ、ページ数がかさみましたが。 ...続きを見る
堕天王の逝く道
2010/05/02 11:03

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