堕天王の逝く道

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<<   作成日時 : 2008/05/12 23:24   >>

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なんだかんだ言って、出来上がりました。

『ルシアの京都散策』
HTML版は こちら↓http://www5f.biglobe.ne.jp/~pfive/tyouhen/kisetu/kisetu4.html



題名:『ルシアの京都散策』
作:堕天王

 登場人物

 ルシア:『人魚の里』の住人。出身はアフガニスタン。実は、殺し屋として活動している。

 刈谷恭介:『人魚の里』の住人、その二。勤勉な青年。今年、大学に入ったばかり。

 斉藤千鶴:ルシアのご主人様。常に笑顔の超絶美人。伝説の殺し屋でもある。

 アナスターシャ:シルバークロスという組織の殺し屋。千鶴に匹敵する力を持つ。



 人魚の里:京都のどこかにあるボロイ木造アパート。



 2005年 5月4日 午前 4:00



 深い闇に覆われた時間。昼間に行動する事が多い恭介は、この時間帯は深い眠りについている。彼が本来起きる時間まで、だいたい三時間弱程度。休みであろうが、学校であろうが、七時前後に起きるのが彼の習慣である。

 部屋の窓がカタカタと揺れる。それは、風で揺らされているためではない。その証拠に、木々は静かに眠っていた。犯人は、人だ。窓を掴み、上下に揺らしている。このアパートの窓は昔ながらの造りで、窓を上下に動かす事で簡単に鍵が開いてしまう。

 犯人は、あっさりと鍵を外してしまい、室内へ侵入。音に敏感な恭介は、窓が揺れる音で少しぐずっていたが、しかし覚醒には至らなかった。そんな彼の枕元に近寄り、犯人はそっと彼の体を揺らした。

「キョウスケ」

 妙なイントネーション。もう一度名前を呼びながら揺り動かすと、恭介がようやく目を覚ました。

「ん・・・」

「起きた、キョウスケ。おはよう、ゴザンス」

「おはよう・・・」

 犯人の顔を見上げる恭介。いまいち状況がつかめていない様子。

 暗さに目が慣れていないため、相手の顔が良く見えない恭介であったが、妙なイントネーションから相手が誰か、推測できたようだ。

「ルシア・・・?」

 少し目が慣れてきて、相手の容姿も把握できるようになってきた。浅黒い肌に、童顔。亜麻色の髪は肩ほどまで伸びており、癖が強い。青色の瞳が、楽しげに揺れている。

 隣の部屋に住む、アフガニスタンからの留学生ルシア。それが彼女の名前だ。

「うん、そうだよ」

 その一言で、恭介も状況を把握した。慌てて体を起こした恭介の頬を、早朝の冷たい風が撫でていく。窓が開いていることを確認した彼は、悟った様子で『何の用事?』と聞いた。

 この部屋に侵入者がやってくるのは、日常の一部なのだ。

「マスターから、話、聞いた。今日、キョウスケ、遊んでくれる」

 彼女の言うマスターとは、彼女と共に隣の部屋を借りている斉藤千鶴の事である。



「恭介君、あなた明日暇ですね」

「えっ? はぁ、確かに暇ですけど・・・」

「なら明日、ルシアと遊んでくれるかしら」

「ルシアと? 別に構いませんけど・・・」



 なんていう話を、昨日部屋の前でしたのを思い出す。朝起きたら、改めて考えるか――と気軽に考えていたのであるが、四時という時間にやってくるのは、さすがに想像の域を超えていた。というよりか、意味が分からない。

「とりあえず二点、言いたいことがあるんだけど」

「なに?」

「部屋に入るときは玄関から。それと、なんでこんなに早いの?」

「分かった。今度から、正面突破、する」

 突破されると困るのだが――と思ったが、妙なところで抜けているルシアに、なにを言っても無駄であると、早々に悟った。

「朝早いのは、イクコやクルリに知られるとマズイと、マスター、言っていた」

「あぁ・・・色々と分かったかも」

 厄介な住人の名前は、恭介を納得させるだけの力があった。



 部屋で色々と話をするのはまずいと悟り、恭介とルシアは最寄り駅の前のファーストフード店へと場所を移動した。店に入ると、ルシアを見た店員が、少しだけ驚いていたが、さすがにすぐさま表情を取り繕い、『いらっしゃいませ』と元気な声をかけてきた。

「えと、チーズハンバーガーとアイスコーヒー・・・Mで」

 恭介は、無難なものを選んで注文。すると隣で――。

「メガハンバーガー、セット」

 ルシアがなにやら物騒なものを注文していた。朝からそんなに食べられるのか――そんな恭介の心配は、杞憂であった。ルシアは、なんともない様子で全て平らげてしまった。これには恭介も唖然。

「よ、よく入るね」

「美味しいよ」

 味の問題ではないんだが――そう思ったが、相手がルシアなんでスルーすることにした。

「キョウスケもしっかり食べないと」

「これで十分だよ」

 苦笑いして受け流す。これ以上食べたら、吐いてしまう。

「で、これからどうするの? 何も考えてきてないんだけど」

「うん、大丈夫。ルシア、考えてきた。京都の有名な所を回る」

「有名な所か」

「渡月橋見て、金閣寺を見て、清水寺を見たら、丁度一周、できるんだよ」

「へぇ、そうなんだ」

 恭介は京都に来て、半年程度。京都の町並みに興味がなかったため、地理的にはさっぱりである。とりあえず相槌を打って、話を展開させる。

「やっぱり、そういう所は見てみたい、て思うんだ」

「ルシア、それぐらいしか、知らない。細かいの、良く、わかんない」

 恭介は、笑っていた。

 ルシアの場合、そこが見たい――という動機ではなく、消去法で分かる所だけをピックアップしたような感じである。なんとも、彼女らしい話である。

「分かった。ルシアのプランに付き合うよ。これを契機に、見ておきたいしね」

「キョウスケ、話が分かる奴。好きだゾ」

「ははっ、これは何かを奢ってあげないといけないね」

「期待してる」

 ルシアの満面の笑み。子供っぽいその笑みは、とても恭介と同年齢とは思えないものであった。



 始発が動くまでファーストフード店で時間を潰し、始発で嵐山駅を目指した。

 嵐山駅に到着後、徒歩で渡月橋を目指す。観光シーズンであるが、さすがに朝が早いため、人が少ない。

「朝早くに来て、正解だったようだね」

 恭介は、あまりゴミゴミした所が好きではない。朝早くから――と思っていたが、今はその考えを改めていた。

「どうして?」

「ここは観光地だから、観光客とか凄いよ、多分。ルシアは、小さいから埋もれて見えなくなるかもね」

「人ゴミは怖い」

 恐ろしいと、身震いするルシア。人ゴミにもまれた経験があるのだろう。

「キョウスケ、あれ!」

 桂川が見えたとき、ルシアが何かを指差した。川そのものを指しているように見えたが、微妙に違う。近づいてみて、恭介もルシアが何を言おうとしていたのか、察した。

「あぁ、ここ・・・ドラマでよく見るね」

 桂川の岸、そして桂川を渡るように配置された石の列。京都を舞台にしたとあるドラマでよく放映されていた光景がそこにはあった。

「そして、あれが渡月橋か」

 左手に木造の巨大な橋がかかっている。その橋を見ているとき、恭介は不思議なものを見て、『ん?』と首をかしげた。しかし、見間違えでもなんでもない。観光バスが堂々と橋の上を走っていた。

「バスが走れるなんて、かなり強固な作りなんだね。木の分際で」

「あ、本当だ。日本の技術、スゴイ」

「とりあえず、行ってみよう」

 二人は。渡月橋の入り口まで足を運ぶ。そして、そこで恭介は『詐欺だ・・』と呟いていた。

 渡月橋は、欄干だけが木造で、実の所、中身は鉄筋である。橋の上にはしっかりとアスファルト舗装されており、車も当然ながら、バスも余裕で通れるのだ。しかし、一度来たものぐらいしか、その事実になかなか気付けない。なぜなら、渡月橋の中身を写真で撮るなんていう、無粋な輩は存在せず、いつも欄干だけが写っているからである。

「世界のがっかりな観光地という記事を見たことがあるけど・・・こんな身近にもがっかりスポットがあるなんて」

「人の夢で、儚いです、ね」

「あはは、ルシアは難しい言葉を知っているね」

 ルシアはさほど驚いてはいない様子。彼女の場合、木造の橋は全て中身が渡月橋みたいに舗装されているものであるという、間違った認識をしてしまっているだけであろうが。

「次、行こう。金閣寺だっけ?」

「うん、金色の憎い奴」

 気を取り直して、橋を渡る。橋の中身は相当にショックであったが、橋の上から見る景色は、それなりに美しいものであった。



 徒歩で次の駅へ向かい、再び電車に乗り込む。終点で降りて、そこからバスに乗った二人であったが、そろそろ込み合う時間、バスの中はかなり混雑していた。

「ルシア、生きている?」

「なんとかぁ〜」

 小さい彼女は、なんとか右手を上げて存在をアピールしていた。

 金閣寺前のバス停で降りて少し歩く。人の波から少し外れた所で、ルシアが溜息をついていた。

「潰されるかと、思った、よ」

「大丈夫?」

「うん、これぐらい、大丈夫」

 ルシアは、いつものように笑う。そして、恭介の手を引いて歩き出した。

「えっ? ルシア・・・?」

 戸惑う恭介であったが、無邪気に笑うルシアを見て、それが邪推であることを知る。小さな手を握り返し、二人は金閣寺を目指した。

「本当に、金色、なんだ」

 金閣寺が見える場所まで来て、ルシアが開口一番そう口にした。人が多くて、金閣寺が見えるポイントを探すだけでも一苦労。さらにルシアは小さいので、なお大変。兎のように飛び跳ねている。

「・・・ここだけなんだか違う国のようだ」

 恭介は、金閣寺よりも周りの観光客の顔ぶれを見て、そんな感想を述べる。さまざまな国から観光客が来ているようで、明らかに日本人よりも外国の方のほうが多い。日本であって、日本ではないなにか特殊な環境が、そこにはあった。

「キョウスケ、なんで、これ、金色、金を張った、の?」

「あぁ、見栄だよ」

「三重県?」

「違う違う。こんだけお金を持っているんだ、権力を持っているんだ、て見せびらかしたかったんだよ」

「あ、それ、分かる。指に宝石一杯付けている人、あれと、同じ、だね」

「そうそう。あんなに付けたら、重みで指が折れそうだよね。金属アレルギーが少しあるから、見ているだけでおぞましいけど」

「ルシアは、宝石よりも、美味しいご飯のほうが、いい」

「違いない。ここを出たら、ご飯にしようか」

「うん。お腹、空いた、ゾ」

 金閣寺は、それ自体も十分目玉であるが、その周辺の庭もとても立派で由緒正しいものであるのだが、二人は見向きもせずに、足早に金閣寺を後にした。

 二人は、金閣寺近くのうどん屋に入る。にしんに心を奪われたルシアは、にしんそばを頼み、無難な所を常に攻める恭介は、きつねうどんを注文した。しかし、ここで恭介の無難な注文が、功を奏した。

 にしんを一口食ったルシアは、とても味のある顔をしていた。コメントもなく、ただただそばの湖面を、いやにしんを凝視している。好奇心のために、自己を犠牲にしてしまった哀れな観光客の姿が、そこにはあった。

「変えようか?」

 恭介の提案に、困った顔のルシア。恭介に悪いという気持ちがあるが、同時に目の前のうどんを食べたくないという気持ちもある。

「変えよう。気にしなくていいから」

 そんなルシアの葛藤を、恭介が終わらせる。彼女の言葉を待たずに、恭介が自分の分とルシアの分を取り替えた。『あ・・・』と呟くルシアであったが、『待った』とは言えなかった。

「ゴメン、ね。ありがとう、だよ」

 恭介は、ただ笑う。子供の失敗を、優しく見守る父親のように。

「後は、清水寺か」

「うん、残り、一つ、だよ。一番、行きたかったところ、なんだ」

「へぇ、そうなんだ」

「清水寺の舞台、登ってみたかった」

「・・・清水寺の舞台か」

 恭介が寂しそうに呟く。

「キョウスケ?」

「昔、同じ事を言っていた人がいたんだ。それを思い出してね」

 恭介の表情が語る。その人は、彼にとってとても大切な人であり、そしてもうこの世にはいないことを。

 にしんを一口食べる恭介。渋い顔をして、『本当にこれはちょっとアレだな』、と小さく呟いていた。



 食事を済ませた後、再びバスに乗り、清水寺を目指す。長い坂を上り、本殿へ。そして、少し歩いて清水寺の舞台へと辿り着く。他の観光客の合間を縫い、舞台の端に辿り着いたルシアは、そこから広がる京都の町並みに驚嘆の声を挙げていた。

「・・・スゴイ!」

 遅れて恭介が辿り着く。彼も、『これは凄い』と呟いていた。

「これが、京都。私の国と、全然違う、よ」

 どこか子供っぽい所があるルシアであるが、この時の彼女の横顔は、今までの彼女とはまるで違うものであった。

「笑い声が、聞こえる。皆、楽しそう。これが、平和。平和な・・・国。パパが、目指していた世界」

「お父さんは、政治家だったの?」

「ううん。パパは、傭兵、だよ。偉い人、何もしない。だから、自由を勝ち取るために、戦った。でも、私の国、それでも良くならなかった。たくさん、戦ったのに。たくさん、死んだのに」

 ルシアは、悲しい顔をしていなかった。ただ、起こったことを淡々と話しているようであった。

 戦争が常の世界で暮らしてきたルシア。

 平和が常の世界で暮らしてきた恭介。

 ルシアの目には、京都の町はどのように映っているのだろうか。恭介は、もう一度町を見渡すが、彼の瞳には当然答えなんて写らなかった。



 舞台を降りて、来た道を下っていく最中、恭介はお土産屋を見つけて立ち止まった。

「寄っていこう」

 ルシアの手を引き、店の中に。人の良いおばさんと適当に話を紡ぎながら、恭介は小さな花が彫られた箸を一膳、購入した。それを、ルシアに渡す。

「プレゼント」

 大切な宝物を貰ったかのように、両手で箸の入った紙袋を受け取る、ルシア。戸惑っていた彼女であったが、すぐに笑った。優しく――。

「あんがと。キョウスケ、木刀、いる?」

 最初、ルシアが何を言っているのか分からなかったが、そんなに時間がかからず、意味を知る。だから、恭介は苦笑した。

「それはいらない」

「そう、カッコイイ、のに」

 冗談かどうかは分からなかったが、彼女は楽しげにそう言っていた。



 全ての行程を終え、ルシアは恭介と共に人魚の里へと帰って来た。部屋の前でお別れを言って、自室へと戻るルシア。今日は特に仕事がなかったのだろう、千鶴は壁に背を預けて座っていた。

「ただいま、帰り、ました」

「おかえりなさい。どう、楽しかった?」

 千鶴は、いつものように微笑みを湛(たた)える。いつもは無機質で、何もない病的な笑みであるが、今日ばかりは少し『楽しげ』な感情があるように感じた。声の弾みが、そうさせたのかもしれない。

「はい。キョウスケは、いい人、です。優しい、です」

 ルシアが大切そうに紙袋を抱いている事に気づいた千鶴は、『それは、プレゼント?』と問いかける。ルシアは、嬉しそうに微笑み頷いた。

「もらいました。お箸」

「そう、良かったわね。ルシア、今日感じた事、見たこと、何一つとして忘れてはいけませんよ」

「・・・マスター、ルシアは、よく、分かりません」

「分かるものではないわ。感じるのよ。きっと、あなたにも分かるわ。分かってもらわなければ、困るもの。アナスターシャは、今のあなたには過ぎた相手。けど、必ず倒さなければならない敵。焦る必要はありませんが、時間は無限ではありません。私の期待に、応えて見せなさい」

 アナスターシャ。ルシアが敗北を認めた二人目の相手。千鶴が、なにを意図して今回のプランを立案したのかは、ルシアには分からない。分からないが、分からないなりに千鶴が発しているメッセージを彼女は受け取っていた。

「さぁ、ルシア。ご飯にいたしましょう。今日は、気分がいいわ。私が・・・」

「マスター。ルシア、元気、一杯。ご飯、作ります」

 慌てて千鶴を止める理由、それは千鶴が破滅的に味覚が狂っているからだ。千鶴もそれを自覚しているのに、わざと作ろうとする。これはもう、一種の嫌がらせである。

「ルシア、私の言葉を遮った事、ちゃんと査定いたしますわよ。覚えておきなさい」

「・・・イエス、マイマスター」

 千鶴の浮かべる笑顔が、とてつもなく恐ろしい。ルシアは、冷や汗をかきつつ、小さな声でそう呟いていた。





 END

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