堕天王の逝く道

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zoom RSS ひな祭りをテーマにした小説

<<   作成日時 : 2008/03/07 15:05   >>

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 ぐれた雛人形

<登場人物>
橘(たちばな)勝彦;除霊屋橘家の当主。堅物のお爺様。
橘五十鈴(いすず):勝彦の息子、勝也の嫁。

 重たい蔵の扉を明けると、ひんやりとした冷たい空気が頬を撫でた。薄暗い蔵の中。一歩、中に踏み込んだ勝彦は、難しい顔で周りを見渡していた。
「これは・・・まいったな」
 彼が蔵の中に入るのは、もう数十年ぶりとなる。色々とあって、蔵には近づきたくなかったのだ。それなのになぜ彼がここにいるのか。
 きっかけは、テレビだった。普段はテレビを見ることはないが、たまたまその日は娘達がテレビを見ていた。内容は、柳川のひな祭りについて。そこで彼は、ふと気付いてしまった。いまだかつて、一度もこの家ではひな祭りをやった事がないという事実に。
 今年から、新しく養女に迎えた子もいる。娘達を祝福するためにも、是非ひな祭りを! と思ったのまではよかった。ずっと昔に使っていた雛人形一式があったはずなのだが、家の中からはとうとう見つけ出すことが適わなかった。
 ならば、もう蔵に仕舞ってあると考えるしかない。そういう経緯でここまで来たが、数十年ぶりに訪れた蔵は、まるで見知らぬ空間であった。それもそのはずである。蔵は途中から、とある人にまかせっきりで、その人が亡くなって以降、全く触れていないのだ。
「手探りで探すのも骨が折れそうだ」
 溜息をついて、仕方ないとばかりに探し始めようとしたその時、蔵の入り口から『勝彦様?』と声がかかった。勝彦の亡き息子の妻である五十鈴である。
「五十鈴か。どうした?」
「いえ、蔵に入るのを初めて見たもので。なにか、お探しのものでもあるならば、手伝おうかと思い至ったしだいです」
 丁寧でゆったりとした口調。蔵の雰囲気も、少しばかり和んだような感じがした。
「雛人形をな・・・」
 少し照れくさそうである。それを聞いて、五十鈴は嬉しそうに笑った。
「まぁ、一度も拝見した事がありませんでしたが、蔵の中に仕舞ってあったのですね」
「色々とあってな。あれを見ると、つい昔の頃を思い出してしまうんだ。だが、今はあれを見ても思い出として受け止められそうな気がしてな。しかし、探そうにも蔵の管理は他人任せであった。正直、どうしたものかと途方に暮れておったところだ。暇があるならば、付き合ってくれると助かる」
「はい、私でお手伝いできるのであれば」
 五十鈴は、快く賛同してくれた。
「探している雛人形とは、どのようなものなんですか?」
 薄暗い蔵の中を、二人一緒で探し回る。別々に探した方が効率がいいかもしれないが、蔵は広いし、なによりも何が眠っているのかが分からない。バラバラに捜索するには、リスクが高い場所なのだ。
「少なくとも二百年ぐらい前の品物だとは聞いている」
「そんなに古いものなのですか?」
「あぁ、後に何回か手を加え、人形も増えはしたが、元々はそれぐらいだと前当主から聞き及んでいる。だが、どのようなものだったかと言われると、雛人形だ、としか言えぬ。うむぅ・・・」
 それは仕方がないことですね、と五十鈴は朗らかに笑う。そんな折、カタリと物音がした。
 二人は即座に背中を合わせて身構えた。物音は、倉庫の奥から聞こえてきた。娘達が付いてきたとは考えられない。
 この蔵は、普通の蔵ではない。除霊屋が所有する蔵だ。単に物が収められているだけではない可能性は、捨てきれない。手に負えない品物、妖(あやかし)を封印している可能性だってあるのだ。他にも、侵入者用のトラップという線もある。そう、ここは危険地帯なのだ。
「勝彦様、妙な気配を感じます。心当たりはお有りですか?」
「いや、なんとも言えぬ。しかし、ここは一階だ。そうそう、物騒なものが置いてあるとは思えぬのだがな」
「なら、侵入者用のトラップでしょうか?」
「蔵が当主の私を異物と判断するとは考えにくいがな」
『うらめしや〜』
 なんともポピュラーな文言が届いてきた。それと同時に吹き抜ける生暖かい風。目を開けているのもしんどい強風の中、勝彦はその果てに少女の顔を見た。はっとなり、勝彦はその名を呼ぶ。
「涙(なみだ)・・・涙ではないのか?!」
 途端、風は収まった。
「涙・・・? お知りあいですか?」
「あぁ、昔この蔵を任せていた子だ。涙、そこにいるのか? いるなら返事をしてくれ」
 勝彦の言葉が響く。すると、勝彦と五十鈴の少し前の空間がゆらりと歪み、一人の少女の姿が浮き出てきた。セミロングの髪に、左頬に青色の涙のペイント。年の頃は、まだ十代の半ばぐらいのその少女は、どことなく悲しそうに笑っていた。
『もう忘れ去っておいでかと思っておりました』
「本当に涙なのか?」
 信じられないと、勝彦は言う。そう彼女、橘涙はもうずっと昔に死んでいるのだ。
『死期を感じ始めた頃から、この蔵の最下層にある品物に術を施しまして、付(つく)喪神(もがみ)として残存しておりました。当主様がいつこの蔵に来てもいいようにと、ずっと待っておりましたのに・・・全然来てくれないんですもの。本気で恨んでやろうかと、最近は鬱々としておりましたのよ』
 涙の愚痴に、苦笑する勝彦。
「すまない。この蔵に来ると、涙の事を思い出してしまってな。辛かったんだ」
『・・・左様ですか。それならばよいでございます』
 満足したとばかりに、涙は笑う。それは、子供っぽい愛らしい笑みだった。
「五十鈴、涙だ。かつて橘家の本家で重宝されていた感応者だ」
「本家の? それは貴重な」
 五十五年前に九(きゅう)藤(どう)家によって滅ぼされた東京の橘家の本家。彼女はそこの生き残りだという。
『五十鈴様、初めてお会いいたしますね』
「私のことをご存知で?」
『息子様からお聞きしております』
「数馬から・・・」
 息子の名前が出てきたためか、五十鈴が母親の顔で微笑む。
「あの馬鹿は、蔵の中に進入しておったのか」
『私がお助けしなければ、そこら辺で餓死していましたよ』
 くすくすと妖艶に笑う。その息子の母親である五十鈴には、笑い事ではない。
「息子がご迷惑をおかけいたしました」
『ふふっ、ずっと一人で寂しかったので、とても楽しく過ごさせて頂きましたわ』
 生前と変わらない様子の涙の仕草に、勝彦も頬が緩んでいた。
「涙、すまないが、一つ探し物を頼んでもよいか?」
『はい、どうぞ。私は、この蔵の管理人。ここにあるものであれば、瞬時にお答えできます』
「雛人形を探しているのだが」
 涙の表情が、少し険しくなる。
『あることにはありますが、色々と問題が』
「問題? 壊れているのであれば、すぐに修復させる」
『いえいえ、保存状態は良好というか、良好すぎるというか。そうですね、実際に目の当たりにしてもらった方が、分かりやすいと思います。雛人形は、現在最下層です』
「・・・嫌な予感がしてきたぞ」
 勝彦は、げんなりとした表情でそうぼやいた。

 涙の案内で、最下層までまっしぐら。一番下まで来ると、さすがに何も見えない。しかし、涙が軽く手を動かすだけで、光が次々と燈っていく。さすが管理人。思うがままである。
 最下層となれば、空気の陰気さは桁が違う。何が出てきてもおかしくない雰囲気であった。いや、実際に下手を打てば何かが出てくるのだろう。さすがに、勝彦も五十鈴もその陰気さに眉根を細めていた。
「・・・凄まじいなぁ」
『ここら辺にあるものは、一個でも表に出れば町の一つや二つ、巻き添えにしかねないようなものばかりです。地下という環境と特殊な呪印で、少しずつ力を削いでいるのですが、完全に無効化するまでおよそ五百年はかかるようなものばかりで、先が見えませんの』
「ぞっとしないお話ですね」
 勝彦と五十鈴が案内された場所は、蔵の半ばほどに作られた個室の前だった。よく見ると、その先の部屋はずっと個室になっており、物が一切置かれていない。時折、カリカリという壁を引っかく音や、うなり声のようなものが聞こえてくるのは、きっと気にしてはいけないことなのだろう。
『このお部屋で管理しております。私が言うのもあれですが、正直新しいのを買ったほうがいいと思いますが』
 オススメできないと涙は言う。しかし、わざわざこんな最下層までやってきたのだ。勝彦も、引き返すつもりはなかった。
「見てから考える。鍵を開けてくれ」
 涙が鍵を開け始める。その間に、勝彦は五十鈴に伝えるべきことを伝えた。
「戦いになるならば、私が前に出る。五十鈴は、下がっていてくれて構わぬ」
「・・・いえ、ブランクはありますが、戦えます。これでも、かつては小泉家の斬り込み隊長を務めた女です。戦わせてください」
 勝彦は、仕方がないと溜息をついた。
「無理はするなよ。お前が傷つけば、娘達が悲しむ」
「それは勝彦様とて同じことが言えると思いますが」
「私はいいのだよ。どうせ、死ねないのだからな」
 達観した表情で、勝彦がさらりと言う。『死ねない体』。橘家の鬼神と呼ばれた男。その身は、何度串刺しにされようとも怯むことなく、どれほどの血を流そうとも、剣を振るうのを止めない男に付けられた異名。五十鈴は、まだその本当の意味を知らない。
『開きました』
 カチンという音が響き、扉が重たい音をたてて開く。今までとは比べ物にならないほどの、怪しい風が一気に流れ出してきた。
『誰じゃ、ボケェ!!』
 踏み込む手前、中から響いてきたガラの悪い声。さすがの勝彦も、直前でたたらを踏む始末。何事かと思っているうちに、涙が暗い室内に灯りを燈した。広がる視界。そこに展開されていた光景に、勝彦も五十鈴も絶句し、驚きを超えて呆れ返っていた。
「一体、これは何事だ」
「・・・美しくない」
『ね、元気でしょ?』
「美しくありません!」
 五十鈴の叫びが、室内に響き渡ると、各方面から『黙れ、ババぁ!』、『アンタみたいな、婆さんに言われたくねぇよ!』、『マジ、空気読めや!』と非難の嵐。
 室内には確かに、内裏雛もいれば、三人官女もいる。五人囃子も、随身も、仕丁も、とにかく全て揃っているが、その全てがなぜかヤンキー座り。曲がるはずのない関節を折り曲げ、取りえないポーズでそれらは座り、全員がメンチを切っていた。
 これは確かに美しくない。
「当主、滅敵指示を。私の美的意識に反します。滅ぼしつくしていいですか?」
「ま、待て。落ち着け。とりあえず、話を聞いてからだ」
 最近は穏やかな性格で過ごしていた五十鈴であるが、若い頃は血気盛んな女性であった。その時の彼女が、どうやら舞い戻ってきているようである。
『当主様がほったらかしにしていたものですから、ついにぐれちゃったんですよ』
「保存状態良好と言うよりかは、完全に妖化してしまっているではありませんか」
 五十鈴が言うのも最もである。とっくに目の前の雛人形は、雛人形である事を放棄していた。
「そうか。古い品物だったからな。もともと妖化しかけていたのだろう。これは、私の責任である。謝るしかあるまい。本当にすまなかった」
 勝彦は、自分の非を素直に認めて、深々と土下座をした。その様子に、雛人形達もざわめいた。
『あぁ・・・当主様、頭を上げてください』
 男の内裏雛が、前に進み出てきた。この中では、リーダー格なのだろう。
『当主様にそこまでされると、我々も立つ瀬がないといいましょうか・・・』
 すっかり言葉を改めて、戸惑いを隠しきれない内裏雛。彼らとて、今まで大切にしてもらっていた家柄の当主に、頭を下げられてしまってはそれ以上はなんとも言えないのだろう。
「もし、私のことを許してくれるのであれば、もう一度我が家に飾られてはくれまいか?」
 勝彦は、頼むと頭を下げた。男の内裏雛は後ろを振り返り、女の内裏雛に目配せをした。今度は、彼女が前に出てくる。
『当主様。我々は、心配だったのです。突然、蔵の中から出してもらえなくなり、一体何があったのか。橘家はもうなくなってしまってのではないのか。心配で、辛くて、苦しくて、悲しくて。それが怒りへと変わってしまうほどの年月を、この中で過ごしてしまいました。当主様、教えてはくれませんか? 私たちと共に過ごした、あの子達の行く末を』
 勝彦は、頭を上げる。その顔には悲痛が満ち溢れていた。
「・・・皆、君達を見ていたものたちは、死んでしまったよ。銀河も、絹も、涙も、夜衣も、里駆も、皆」
『左様・・・ですか』
 雛人形達は、涙を流していた。
『それで、我々を蔵から出せなかったのですね』
 男の内裏様が、勝彦の心を察してくれたようである。
「すまない。君達を見ていると、どうしても思い出してしまいそうでな。だが、今はあの時の事を思い出に出来るぐらいには、余裕が出てきた。娘達が、大きくなったんだ。あの子達の成長を、一緒に祝ってはくれまいか?」
「お願いいたします」
 五十鈴も、遂に膝を折った。
 雛人形達は、深く頷き彼らの気持ちを受け止めた。次の瞬間彼らは、本来の姿へと戻っていた。
「・・・妖化したままでも面白かったのだがな」
「冗談でも止めてください」
 五十鈴にきっぱりと言われてしまった。

 人形を片付けて、蔵から運び出す。涙は、蔵にくくられているため、出ることが出来ないので、蔵の出入り口から勝彦たちを見送った。
「涙、また遊びに来る。今度は、娘達を連れて」
『はい、お待ちしております』
 笑顔で手を振る涙。その笑顔には、寂しさはあっても明るさに満ちていた。

 三月三日。橘家の居間に、家族全員で並べた雛人形が飾ってあった。
 雛人形たちの顔はどれも明るいものであり、見る人の心を和ませた。

 毎年毎年、娘たちの成長を見守ることができる。
 慈愛に満ちた笑みは、きっともう二度と絶えることはないだろう。


 END

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